音無美紀子 夫・村井國夫に送った感涙のラブレター全文

5月1日(水)16時0分 NEWSポストセブン

あまりにも泣けると話題に。音無美紀子が夫・村井國夫にしたためたラブレター

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 妻から夫への一通のラブレター──あまりにも泣けると話題になっているのは、おしどり夫婦で知られる音無美紀子(69才)から村井國夫(74才)へしたためられたものだった。4月22日の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)にお揃いのシックなコーデュロイ地の着物で登場した音無・村井夫妻。黒柳徹子(85才)を前に、70代に差しかかり夫婦の距離が縮まった近況や終活についてのトークを繰り広げた。


 夫妻は1971年、音無の主演デビュードラマでの共演をきっかけに交際。当時の音無は21才で、デビュー前から村井の大ファン。一方、5つ年上の村井には妻がいた。村井の離婚を経て1975年に結婚し、一男一女に恵まれる。しかし1988年、音無は乳がんが発覚し、全摘出手術を受けた。


「その後、音無さんはうつ病に。家に引きこもり、得意の料理もしなくなって子供の弁当も作らなくなり、死を考えることもあったようです。新興宗教にはまっていった時期もありました」(テレビ局関係者)


 芸能界きってのモテ男で知られた村井の女性問題もあった。


「“仮面おしどり夫婦”といわれたこともあるおふたりですが、夫の女性問題が報じられた時も音無さんは淡々と取材を受けていました。あの平然とした姿が、夫をスキャンダルから救ったといえます」(芸能レポーター)


 そんな44年の結婚生活を過ごした夫妻が今回披露したのが、音無が2006年に送ったラブレターだった。


 村井が読み上げると、音無は涙をそっと拭い「覚えていない」と笑いながら抗議したが、黒柳が「でも、これ1つでいろんなことがわかるじゃありませんか」と諭すと、ふたりとも神妙に頷いた。


 波瀾万丈な過去も、長年寄り添った夫婦には、笑い話なのかもしれない。



 * * *

国夫様


いつもあなたと同じ屋根の下にいて、何もわざわざ手紙など書かなくてもいいと思うけれど、恋愛時代せっせとラブレターを書いた頃を思い出してペンを取りました。


とはいえ、あの頃のような詩的なロマンティックな事はなかなか出てこない。愛だの恋だのという言葉は似合わなくなってしまったのかしら。ごめんなさい。


娘・麻友美を見ていてつくづく思う。二十四才と言えば私はあなたに夢中で、周囲にどんなに反対されても、いや、反対されればされる程強くあなたに引かれてしまって…。


あなたが仲間と麻雀をしているときけば雀荘へ行って、あなたの背に寄り添うように座っていましたっけね。あれから三十数年です。


長い結婚生活の間には、あなたが嫌いになったり、“イヤな男”と思ったこともそりゃあ何度かありましたけれど、少し冷静になると、こんな事で私たちの歴史に終止符を打つのは勿体ないか…などと思い直し。


考えてみれば、あなただって私を“イヤな女”と思ったことも多々あるでしょう。じっとがまんしてくれた事がいっぱいあるに違いありませんものね。


十八年前、乳がんの手術をし、その後はひどい「うつ病」になって、あなたに辛い思いをさせてしまいました。どんなにあなたを悩ませ、苦しませてしまったことか…。


「自分は妻に何もしてあげられなかった。どうしてあげればいいかもわからずただ手を握っているしかなかった」「自分は無力だった」とおっしゃるけれど、とんでもない!


どれだけ暖かく見守り、支えて下さっていたか…感謝以外の言葉は見つかりません。


あなたは一見、がんこで自分勝手でわがままな亭主と思われがちですが、(まあ多少そんな所もありますが)実は、私よりずっと繊細で、慎重で、強そうに見えて強がってるだけだったりする。私よりずっと優しくて、気配りのできる人。芝居に対しても純粋で努力家で情熱的で…。そんなあなたが好き。


石橋を叩いて叩いて渡らないあなたをもどかしく思うこともあるけれど、叩かず「エイ!行けッ」と行ってしまいそうな私を冷静に押さえてくれるあなたに何度助けられたかわかりません。そう!私たちはピチッとバランスのとれている二人なのかもね。私にとってあなたは理想の夫、あなたにとって私は理想の妻(?)かな。


ずっと一緒にいられるようになるには、やはり時間がかかります。三十年、あなたは私の全てを認め、愛し必要としてくれるのですから、私は本当に幸せだと思います。

心から、ありがとう。


2006年10月26日   美紀子


※女性セブン2019年5月9・16日号

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