俳優を目指していた87歳父を映画へ 娘がプロデュース、俳優の孫兄弟出演し夢かなえる「一生の宝物」
2025年5月1日(木)5時30分 スポーツニッポン
◇10日公開映画「米寿の伝言」
家族3代で作り上げた異色の自主映画が、今月10日に東京都豊島区の池袋シネマ・ロサで公開される。「米寿の伝言」(監督ガクカワサキ)で、主演は演技がほぼ素人の西本匡克さん(87)。娘でプロデューサーを務めた自営業の浩子さん(58)と、孫で同作にも出演する俳優の健太朗(32)、その友人のガク監督(32)が中心となって作り上げた自主製作映画。浩子さんは本紙の取材に「親が生きているうちに親孝行することを後押しできれば」と意気込んだ。
「俳優を目指していた父を舞台に立たせてあげたい」。そんな娘の何げないつぶやきから、西本家の数奇な挑戦は始まった。
大阪市に暮らす匡克さんは学生時代演劇部に所属。だが弟を早くに亡くし、家庭を支えるため不安定な俳優の道を断念し、教員の道に進んだ。それから半世紀。孫の健太朗とその弟の銀二郎(28)が俳優になると、匡克さんは演技にダメ出しをするようになった。健太朗は「演出家の意図を聞いた上で、深い助言をしてきたんです」と振り返る。
そんな姿を見た浩子さんは「本気だったんだ」と、父の胸に眠る演技への思いを感じた。ならば親孝行と、父が置いてきた夢をかなえるべく主演舞台の製作に乗り出した。浩子さんも全くの素人で、健太朗の友人のガク監督に脚本を依頼した。ガク監督は思考を巡らせ、亡くなった祖父と孫の人格が入れ替わる設定を考案。「素人のじいじ(匡克さん)も死体役で主演できて、せりふも孫が代弁できる。“これはいける”と手応えを感じた」と自賛する力作だった。
18年に大阪、19年に東京で計18公演上演すると、完売回が続出するなど大好評。これで一家の挑戦は完結——したはずだった。22年に浩子さんは再び立ち上がる。コロナ禍で気持ちが沈んでいた匡克さんを元気づけようと、舞台を基にした映画製作を決めたのだ。
最大の問題は金銭面だった。製作費の1000万円を目標にクラウドファンディングを実施したが、集まったのは500万円。頭を抱える母を見かねた健太朗が現金100万円を手渡し、浩子さんが400万円を捻出して補った。さらに浩子さんは知人から無償で入手した家具や家電をセットに使用。死体役の匡克さんが入る棺おけと死に装束も、棺おけデザイナーから譲り受けて出費を抑えた。
普段は口数が少ない匡克さんだが、「画面の中では生き生きしていた」と浩子さん。撮影終了後、匡克さんは裏表紙に「一生の宝物になるものを与えてくれて感謝」とメッセージを書いた台本を浩子さんに贈った。寮生活を望んだ浩子さんのため、隣県の私立高校に進学させてくれた父。「裕福な家庭ではなかったけど、お金の制限はなく好きなことをさせてもらっていた」。映画製作は最高の親孝行になったはずだ。
シネマ・ロサ単館上映からの全国公開に広がってヒットした作品には、17年の「カメラを止めるな!」、昨年の「侍タイムスリッパー」が記憶に新しい。今作は既に、6月6日に大阪・TOHOシネマズ梅田で公開されることも決まった。家族愛にあふれた一家の物語もまた、快進撃の予感を漂わせている。 (塩野 遥寿)
▽「米寿の伝言」 米寿の誕生日に亡くなった発明家の祖父(匡克さん)と孫兄弟の弟(銀二郎)が、祖父が生前開発した「人格転移装置」を親戚の子供が稼働させてしまったことで、中身が入れ替わってしまう。翌日の火葬までに故障した装置を修理し、弟の人格を取り戻すため奮闘する一家を描くコメディー。タイトルは松任谷由実「ルージュの伝言」のパロディー。
≪北村匠海ら芸能界からもエール≫
芸能界からも頼もしい後押しが届いた。銀二郎が11年に出演したテレビ東京ドラマ「鈴木先生」で共演した北村匠海(27)、土屋太鳳(30)、松岡茉優(30)ら計39人の俳優、女優、映画監督から応援コメントが寄せられた。親交のあった北村に「映画を作るからコメントをお願いしたい」と頼むと、「何でも手伝うよ」と快諾し共演者に声をかけてくれたという。浩子さんは「“書いてください”と言われて書いたのではないような、温かいコメントをくださった」と感謝した。