日活RP女優・寺島まゆみ PTA経験し俳優の息子と娘を応援中

5月2日(木)16時0分 NEWSポストセブン

1980年にデビューした寺島まゆみ

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 製作終了から31年。男たちを魅了した「日活ロマンポルノ」の女優たちはスクリーンから去った後、どんな人生を歩んだのか──。


 松田聖子が華々しくデビューした1980年、愛らしい少女がポルノ界に花を咲かせる。たちまち「ポルノ界の聖子ちゃん」と呼ばれたのが寺島まゆみだ。


「もともとは歌手になりたかったんです。山口百恵さんに憧れて『スター誕生!』(日本テレビ系)のテレビ本選にも出ましたが、阿久悠先生に『キミは学校ではモテても、アイドルになれるとは限らない』と言われ、あっさり敗退しました」


 その後、スカウトマンに声をかけられ、日活の本社を訪ねた。のちに恩師となる白鳥信一監督が『宇能鴻一郎の貝くらべ』(1980年)のオーディションをやっていたが、寺島の顔を見るなり中止にして、寺島を抜擢する。


「ただ、台本を読んだ母が引っくり返るほど驚いたこともあり、いったんはお断わりしたんです。ところが、白鳥監督らが実家である『鳥勝』(小平市)に挨拶にいらして。これはやってみなくてはと思いました」


 あっという間に美保純と人気を二分するアイドルに成長。ソフト路線ではあったが、その人気は歌手、DJへと拡大した。1988年に結婚すると、1男1女をもうけ、育児に専念する形で芸能活動を休業する。


「2人の子の幼稚園から高校卒業まで、ずっとどちらかのPTA役員をやっていました。2つのことは同時にできない性格なので、女優はやらずに、お母さんだけを30年やっていました」


 娘は助監督など映画の現場へ、息子は教員の資格も取ったが、今は2人とも「俳優」の道を選んでいる。娘の行平あい佳は昨年、SMをテーマにした『私の奴隷になりなさい第2章 ご主人様と呼ばせてください』(KADOKAWA)で、ハードな濡れ場も辞さない主演を務めた。


「試写と劇場で2回見ました。私、映画を見る時は純粋に作品として見るので、そこに娘が裸でいるとかまったく気になりません。城定秀夫監督の演出が素晴らしく、娘も私の同じ年の頃とは別人のように色気がありました」


 40歳を過ぎてから「書」にハマったという。


「書道の専門学校は3年で卒業し書道教授資格を取得しましたが、さらに3年追加して6年も通ったんです。精神統一にもなるし、いつかは『書』に関わる仕事がしたいです」


 もちろん、女優復帰も何ら支障がないほど若々しい。


【プロフィール】てらしま・まゆみ/1961年3月31日、東京都生まれ。新宿でスカウトされ、1980年に『宇能鴻一郎の貝くらべ』でロマンポルノデビュー。以降、15本の作品に出演して人気を博す。歌手やラジオDJとしても活躍した。1988年に結婚して休業し、1男1女の育児に専念。


取材・文■石田伸也 撮影■山崎力夫


※週刊ポスト2019年5月3・10日号

NEWSポストセブン

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