家族が語る市原悦子さんの「兆候」は「背中のこり」と「盲腸」

5月2日(木)7時0分 NEWSポストセブン

今年1月、亡くなった市原悦子さん

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 今年1月、突然の訃報となったのは、ドラマ『家政婦は見た!』(テレビ朝日系)や、アニメ『まんが日本昔ばなし』(TBS系)のナレーションでおなじみの女優、市原悦子さん(享年82)だ。


 市原さんは2014年に最愛の夫・塩見哲さん(享年80)に先立たれてから2年後に、病気との闘いの日々が始まる。


 夫を亡くした市原さんの当時の様子を、姪の久保久美さんが振り返る。


「叔父ちゃんの火葬の時には、叔母ちゃんは憔悴しきって『私もすぐ行くから』と口にしていました。ショックが大きく、誰かが常にそばにいることを望みました」


 樹木希林さんと内田裕也さん夫妻や津川雅彦さんと朝丘雪路さん夫妻など、パートナーの死後、残された者が後を追うように亡くなってしまうケースは最近の芸能界でも目立つ。あいクリニック中沢院長の亀谷学さんはこう解説する。


「パートナーが先に亡くなると、残された者は悲嘆に暮れることになります。ストレスが続くと、不眠や高血圧になり、また免疫力も低下するなど、心筋梗塞や脳卒中、重症肺炎などの命にかかわる危険な病気を起こしやすくなるのです」


 市原さんの姉妹や親しい人たちが寄り添い続け、市原さんは少しずつ仕事への意欲を取り戻していったという。しかし2016年11月に、ある体の不調を訴えた。


「背中がすごくこるの」


 これが市原さんの「兆候」だった。マッサージをしてもこりは治らず、急に足の踏ん張りがきかなくなり転倒したため、検査入院すると、「自己免疫性脊髄炎」だと診断された。免疫が自身の神経を攻撃する難病だ。


 治療を終え、12月末には退院する予定だったが、脊髄炎の再発で退院は取り止めに。


「2回目の発症で更に体は弱りました。それでも2月にはリハビリ施設と病院を行ったり来たりしていましたが、3月になると圧迫骨折も発覚し、体調も安定せず、激しく気落ちするようになりました。一時は『仕事ができないなら、生きていても…』と口にするほどの落ち込みでした」(久美さん)


◆楽しく過ごすことを大事にしたが…


 入院生活をやめて自宅での看護に切り替えると、市原さんの状態は落ち着き、徐々に持ち前の明るい性格が戻ってきたという。2018年3月には、NHKの番組『おやすみ日本 眠いいね!』内の朗読コーナーで仕事復帰も果たした。


「NHKのかたに機材を自宅に運び込んでもらって、部屋着に薄化粧でベッドの上で収録しました。その次からリビングで車いすに座り収録するようになったのですが、いろいろな仮装をして、スタッフの人たちを驚かせて楽しんでいましたね」(久美さん)


 市原さんは、「声は出さないと小さくなるから」と考え、歌を歌い、大きな声で笑って、冗談を言い合って日々を楽しく過ごすことを大事にした。だが、同年11月に腹痛を起こし、盲腸と診断されて再び入院することとなる。高齢者の盲腸の脅威について、亀谷さんはこう指摘する。


「若い人と違い、高齢者は一般的に腹痛や発熱などの症状が軽く、診察で異常を見つけにくいことがあります。盲腸は発見が遅れると腹膜炎を起こします。その結果、腸は癒着し、便秘などで腸閉塞を起こし入退院を繰り返すようになるのです」


 市原さんは高齢になってから、血小板が減少する再生不良性貧血のためステロイドを手放せなくなり、今回の脊髄炎でも多量に使用していた。体はボロボロで、12月の退院後は食事を充分に食べられなくなっていたという。


 年が明け2日、微熱が出て、5日には体が思うように動かなくなり再び入院した。


「入院時には薬ものめなくなっていたのですが、点滴と食事をとれば少しずつよくなると思っていました。ですが6日には呂律が回らず、8日からは意識が戻らなったんです。長期の闘病で体は限界だったのだと思います」(久美さん)


 仕事熱心で、プロ意識が高かった“女優・市原悦子”を支えたのは、「女優をしている時がいちばん輝いているよ」という夫の言葉だったのかもしれない。


※女性セブン2019年5月9・16日号

NEWSポストセブン

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