バイプレイヤーの泉 第155回 『新幹線大爆破』、連続で作品を見ても、なぜ尾野真千子の演技は食傷気味にならないのか
2025年5月3日(土)6時0分 マイナビニュース
コラムニストの小林久乃が、ドラマや映画などで活躍する俳優たちについて考えていく、連載企画『バイプレイヤーの泉』。
第155回は俳優の尾野真千子さんについて。彼女が唯一無二の独特の雰囲気と、演技力を持っていることは周知の事実であって、超人気者である。そのことについてここで敢えて触れることはないかもしれない。ただNetflixで配信が始まったばかりの『新幹線大爆破』に出演していた彼女の演技がすこぶる良かったので、書きたくなってしまった。
○思わず息が止まる、視聴中の2時間
『新幹線大爆破』という作品のことを知ったのは、本年の年初だった。Netflixの新作発表会で樋口真嗣監督が登壇して、作品への思いを熱く語っていた。本作は1975年に公開され、今回はリブート版。小学生だった樋口少年はこの作品に影響をされて、映画監督の仕事を続けているというコメントもあった。約50年越しの少年の夢が叶ったのだ。
大きな熱量を背負った作品の主演は、草なぎ剛。しかもあのJR東日本が撮影に全面協力したと聞いて驚いた。私も紙媒体の撮影で何度かロケ地として使用したいと、JRに申し込んだけれど何度も断られている。もしくは使用料金が高く、低予算の紙媒体ではなかなか実現が難しかった。そんな場所でロケとは……情報を聞けば聞くほど配信が楽しみになってきた。
そして過日。Netflixから試写会の通知を受けて、映画と対面した。『新幹線大爆破』は新青森発、東京行きの東北新幹線「はやぶさ60号」がテロリストの犯行により爆弾が仕掛けられていると判明。時速100キロを下回ると爆破するという。車内には修学旅行生、国会議員、YouTuber、事故を起こした企業の社長、アイドルなどさざまな客が乗車中。乗務員の高市和也(草なぎ)、藤井慶次(細田佳央太)、運転士の松本千花(のん)らを中心に、新幹線の爆破を回避するため、必死の対策や行動が車内で行われる。これがあらすじだ。
感想を一言でまとめると、とても面白かった。約2時間、自分も新幹線に乗り合わせてしまった客の気分となって、緊迫感を楽しめた。
○こんな国会議員、いる! いる!
作品内で「ああ、さすが!」と膝を打ちたくなる(試写室だったので実際には打たず)俳優が、衆議院議員・加賀美裕子役の尾野真千子だった。白のスーツにショートカット、強気な印象を植えつける赤リップ。ひと目でどこぞの実在議員を彷彿させるビジュアルだ。最近、ママ活不倫問題で問題を起こしたばかりの加賀美は、新幹線内でのトラブルをここぞとばかりに解決しようとする。要はおばさん議員が妙に出しゃばってくる。
ところが後半へ近づくにつれて、加賀美の本性がジリジリと現れる。
「なんでも政治のせいにして情けない! 『死ぬ』とかなんとか、ピーピー言っていないで、男なら腹の括り方あんだろ!!」
この様子があまりにも痛快。作品は緊張に包まれているけれど、加賀美の行動に何度かニヤリとさせられた。この映画の大事なフックだ。
○昨年末から期せずして続く、尾野クルージング
思い返すと昨年末くらいから、尾野真千子が出演するドラマをずっと見ている。並べてみるとどの作品も全く表情が違う。俳優だから当然と言われればそれまでだけど、どれも芯の部分にパブリックイメージである本人の素があって、そこにふんわりと役柄が纏われるようだ。
昨年秋からNHKBSで再放送されていた、朝ドラ『カーネーション』(2011年)で演じた小原糸子。豪放磊落な糸子はとてもよく似合っていた。同時期、TVerで配信されていた『最高の離婚』(フジテレビ系 2013年)の濱崎結夏役もそう。
「分かっていた、分かっていたよ。あ、この人はひとりが好きなんだ。自分の自由を邪魔されたくないんだ。あ、そう。だったら、いつだろう? いつになったらこの人、家族を作る気になるんだろう? いつになったらこの人、家族思いやれる人になるんだろう? って」
夫に離婚届を渡したあと、ブチ切れるシーンは伝説だ。役柄自分と似ているとをご本人もインタビューで話している。
昨年末の秋ドラマ『ライオンの隠れ家』(TBS系 2024年)での、橘愛生(たちばな・あおい)は夫からのDVなど、重い過去を背負った女性。続く年明けの『阿修羅のごとく』(Netflix)では普通の専業主婦の巻子を演じていた。そして本作の加賀美役。短期間で一人の俳優から多種の役柄を見ていると、さすがに飽きてくる。それが尾野真千子に関してはまったく感じない。食傷気味にもならず「もっと見たい」と、感覚が訴えてくる。むしろ他作品を見ていて「ああ、これ尾野真千子だったらもっとうまく演じるはずなのに」と首を傾げながら、彼女を思い出す場面も。
なぜだろうと思うと、本人のキャラクターにたどり着く。SNSもしない、プライベートの解放もなく、俳優道を貫く尾野。それでも時折、番宣で出演するトーク番組などから垣間見える、よく笑うあっけらかんとした姿。気持ちよさそうな性格を想像できる。
俗説的にも笑顔が多い人の周囲には、人が集まってくると聞くけれど、彼女がその証明だろうと思う。繰り返しになるが、ブレないご本人の芯があって、そのまわりを囲むように尾野真千子の演技力がある。この独特の吸引力は今後も飽きない。
小林久乃 こばやしひさの エッセイ、コラム、企画、編集、ライター、プロモーション業など。出版社勤務後に独立、現在は数多くのインターネットサイトや男性誌などでコラム連載しながら、単行本、書籍を数多く制作。自他ともに認める鋭く、常に斜め30度から見つめる観察力で、狙った獲物は逃がさず仕事につなげてきた。30代の怒涛の婚活模様を綴った「結婚してもしなくてもうるわしきかな人生」(KKベストセラーズ)を上梓後、「45センチの距離感」(WAVE出版)など著作増量中。静岡県浜松市出身。Twitter:@hisano_k この著者の記事一覧はこちら