アドラー心理学は「ほめず、叱らず」 SNS社会の処方箋に

5月3日(土)16時0分 NEWSポストセブン

アドラー心理学を研究する哲学者・岸見一郎氏

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「アドラー心理学」が注目を集めている。アドラーの思想を対話形式でまとめた『嫌われる勇気』(岸見一郎、古賀史健 著/ダイヤモンド社)は22万部を突破。本の帯には、人気作家・伊坂幸太郎氏が「最後にはなぜか泣いてしまいました」と言葉を寄せている。フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称されながら、日本であまり知られることがなかったアドラーに、なぜいま、多くの人々が惹きつけられているのか。著者の岸見一郎氏に聞いた。


 * * *

——なぜ、アドラーが注目を集めているのでしょうか?


岸見:私は1989年にアドラーに出会いましたが、これまで、注目されることはほとんどありませんでした。ところがこの本が幸い大きな反響を呼んで、色んな方から手紙などをいただくようになっています。アドラーは「すべての悩みは対人関係の悩みである」と言っています。「空気を読む」「KY」などといった言葉が一般化し、SNSが広がり、人間関係が多様化しているいま、アドラーは新しい処方箋の一つになっているのかもしれません。


 ただ、アドラーは、決して意外なことを言っているわけではないのです。どちらかというと、多くの人がすでに知っているようなこと、疑問に感じているようなことを、言葉にしている。だから、驚きはあるけど、未体験の思想ではありません。アドラーを知ることは「腑に落ちる」体験であり、だからこそ重く残るのだと思います。


——アドラーの教えは、仰るように、見知らぬ概念ではないけれど、一般の常識を覆すようなところもあります。たとえばアドラーは「承認欲求」を否定します。いま、人に認めてもらえるよう頑張っている人も多いように思うのですが、なぜ否定するのでしょうか。


岸見:たとえばフェイスブックの「いいね」ボタンは、承認欲求の権化のようなものですね。私もフェイスブックを使っていますが、「いいね」をもらうために、人に迎合するような記事を書くのはおかしいと思う。あるいは、本当はいいねと思っていないのに、周囲に流されたり、書いた人に嫌われたくないと思って「いいね」ボタンを押すのもおかしい。人に認めてもらいたいという気持ちは当たり前の感情だ、と言う人もいますが、当たり前(=usual)だから正しい(=normal)とは限りません。みんなが言っているから正しい、というわけでは必ずしもないように。


 他人にヘンな人と言われたからといって、その人がヘンな人になるわけではありません。逆に、良い人と承認されたから良い人になるわけでもないでしょう。それなのに、他人の評価ばかりを気にしていると、他人の人生を生きることになってしまうのです。また、承認欲求は無責任にもつながります。承認欲求に沿って行動をしていると、上手くいかなくなったときに「親が言ったから」「上司が言ったから」と言い訳ができてしまうから。


 アドラーはただ「自分の信じる最善の道を選べ」といいます。それに対して他者がどんな評価を下そうと、それは自分にどうしようもないことで、自分の問題ではないと。そういう意味ではアドラー心理学は責任逃れを許さない、キツイ思想でもあるのです。「劇薬」と言われるゆえんです。


——アドラーはまた、「ほめること」と「叱ること」を否定しています。叱るはともかく、ほめるは、教育に必要な要素にも思えるのですが。


岸見:この問題も、承認欲求の否定と深くかかわっています。実は私がアドラーの勉強を始めたのは、子育てがきっかけでした。最初に「ほめてはいけない」と知ったときには驚きました。でも実践していくと、その意味や重要性を実感するようになりました。


 例えば、ほめられて育った子供は、学校の廊下のごみを拾う前に、周りを見渡します。人がいたら拾う、いなければ拾わない。つまり、他者にほめられるかどうかが、その子供の行動基準になってしまっているわけです。人の顔色をうかがったり、依存的であったりするという傾向もみられます。長じては他人の承認を求めるようになるでしょう。叱られて育った子供も——親の対応は両極端であるのに——同じようになりがちです。同様に職場においても、上司が部下をほめたり叱ったりすると、上司の顔色ばかりを窺うようになる。


 そもそも「ほめる」「叱る」というのは、対等な人間関係の間には起こりえないことです。どちらも、上の人が下の人に向かって、もっと言えば、能力のある人が能力のない人に向かって下す評価だからです。アドラーは「タテ」の人間関係を否定し、「ヨコ」の人間関係に変えていくべきだと言っています。


——では「ほめる」「叱る」ではない言葉とはなんでしょうか。


岸見:こんな状況を思い浮かべてみてください。私のところにカウンセリングにきたお母さんが、3歳の子供を連れてきました。その子供はぐずることなく、1時間、静かに椅子に座っていました。カウンセリングが終わった後、お母さんは子供に何と声をかけるべきでしょう。


——「良い子にしていてえらかったわね」では、ほめることになってしまいますよね……。対等な人間関係だと、「お疲れさま」でしょうか。


岸見:私だったら「待っていてくれてありがとう」と声をかけます。ほめるのではなくて、「貢献」に注目する言葉を使うのです。人は、感謝の言葉を聞いたとき、自らが他者に貢献できたことを知ります。アドラー心理学では、この「貢献」を非常に重く考えます。


——なぜ「貢献」が大事なのでしょうか。


岸見:「私は誰かの役に立っているという実感」が、自らの価値につながるからです。自分に価値があると思えている人は、人生のさまざまな課題に立ち向かうことができます。他者からの承認ではなく、貢献感こそが、人を強くし、人に勇気を与えるのです。


■プロフィール 岸見一郎(きしみ・いちろう)

哲学者。1956年京都生まれ、京都在住。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。精力的にアドラー心理学や哲学の執筆・講演活動、そして精神科医院などで多くの「青年」のカウンセリングを行う。日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問。訳書にアルフレッド・アドラーの『個人心理学講義』『人はなぜ神経症になるのか』、著書に『アドラー心理学入門』など多数。『嫌われる勇気』では原案を担当。


■撮影/山崎力夫

NEWSポストセブン

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