吉行和子 60年前の初舞台『アンネの日記』で発揮した意地

5月3日(水)7時0分 NEWSポストセブン

「女優になる気はなかった」という吉行和子

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、5月公開の映画『家族はつらいよ2』で熟年離婚の危機を乗り越えた夫婦の妻を演じる吉行和子が、60年前に踏んだ初舞台について語った言葉を紹介する。


 * * *

 吉行和子は劇団民藝に所属、当初は女優になる気はなかった。


「子供の時から体が弱くて、友達もいなくて、学校にもあまり行けないから、いつも本ばかり読んでいました。本の中で登場人物はこういうことを喋っているけど、こういうことも言うんじゃないかと頭の中で考えるのが私の遊びでした。


 そんな中学三年の時に劇団民藝の舞台を観たんです。難しい芝居でしたが、『本をめくるみたいに話が進みながら、自分が一人でやっていたことを、本当の人間がやっている』という世界に出会えました。それで、『私はこの劇団に入る』と思いました。


 その時は女優になるなんて、思ってもいませんでした。体も弱いし、教室で喋れないくらいの引っ込み思案でしたから。


 何か仕事があるんじゃないかと思って観ていると、次の幕で衣装が変わったり、カーテンが変わったりするのに気づいて、あれならできるのでは、というのが最初のきっかけなんです。


 劇団には偶然入れまして、裏方でやっていきたいと言ったのですが、『芝居とはどういうものかをみんなと勉強しなさい』ということで民藝の俳優研究所に通うことになりました。勉強会ではセリフを言う機会もありましたが、特別に上手いどころか凄く下手で。それでも、勉強のために一応やっていたの」


 女優として初めて舞台に立ったのは一九五七年の舞台『アンネの日記』の主人公役だった。


「アンネ役はオーディションで選ばれた人がいましたが、研究所の人たちも勉強のため稽古を見学していました。ところが幕が開いて少ししたらアンネ役の彼女が風邪で声が出なくなった。


 その朝、うちに電話がかかってきて呼ばれまして。稽古場には出演している先輩たちがみんないました。それでお稽古が始まっちゃったんです。私はなぜか、セリフを全て覚えていました。先輩たちがいろいろと動きを教えてくださり、夕方には『これで大丈夫だ』ということで、私で行くことになっちゃったの。


 緊張はなくて、もう必死でした。これも勉強だ、しっかりやらなきゃみたいな感じで舞台に立っていました」


 それから六十年以上、吉行は女優を続けることになる。


「『アンネ』は責任感だけでやっていました。やる以上は一生懸命やろうって。でも、自分の中では場違いな感じがありました。私がやっていると観客が嫌がっているのでは、と思いながらでしたので、楽しいと感じたことは一度もなかったです。


 この公演が終わったら、役者はもうやらなくていいと思っていました。ただ、旅公演の時に狭い部屋で先輩たちと一緒に寝起きしていたんですが、ある夜寝ていたらある先輩が『彼女は体が弱いし、引っ込み思案だから続かないでしょう』と言っていたのが聞こえたんですよ。そしたら、物凄く悔しくなっちゃって。『そんなこと言うなら、よしやってやるぞ!』と。それで、なんとなく女優になっちゃった。


 ですから、上手くなろうとか、人気が出たらいいとか思いませんでした。やり始めたからには一生懸命やる。それだけでした」


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。


◆撮影/藤岡雅樹


※週刊ポスト2017年5月5・12日号

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