キムタクと共演、嵐・二宮和也がSMAP解散時のファンの声を批判! "一般人の発言は制限すべき"とトンデモ主張まで

5月4日(木)19時0分 LITERA

 ゴールデンデンウイークのさなか、木村拓哉と嵐の二宮和也が2018年公開の映画『検察側の罪人』で共演することが一斉に報じられた。芸能マスコミは「歴史的共演」と大騒ぎだが、しかし、筆者がこのニュースを聞いてまず、思ったのは「あ〜やっぱり」。SMAPなき後のジャニーズ事務所とキムタクのあざとい戦略がミエミエでうんざりしてしまったのである。


 しかし、その後にふと思い出したことがあった。それはキムタクでなく、"歴史的共演"の相手・二宮が少し前にしていたトンデモ発言だ。


「今は、誰もがいくらでも無制限に発言できる場がある。(略)でもさ、本来は情報とか感情って、安易に言葉にしてたれ流していいものだとは思えない。そういう場では発言の制限回数があるべきじゃないのかなって、最近あらためて思う」


 ネットの発言に制限回数を設定しろ? まるで自民党の右翼議員か安倍応援団みたいな言論弾圧発言だが、これ、集英社のファッション誌「MORE」2017年4月号の連載「it(一途)」でニノ自身がはっきりと口にした言葉である。


 二宮はいったいなぜ、こんなことを言い出したのか。実は連載100回目にあたるこの回、二宮はまずSMAP解散の話題を取り上げ、こんなことを語っていた。


「たとえば、昨年、SMAPさんが解散することになった時、悲しむ人、嘆く人たちがたくさんいたのはわかるんだ。つらい気持ちはすごくすごくわかる。でも、解散が一概に不幸なこと、さも悪いことのように言われ続けるのはいやだなって思った。それでもまずはSMAPさんがこれまで残してきた素晴らしい作品に敬意を払って、送り出すことも......って」


 ようするに、SMAP 解散騒動で、ファンから「やめないで」コールやジャニーズ批判が殺到したことにダメ出しをして、敬意を払えと説教。それがさらにエスカレートし、ファンの感情ダダ漏れの発言を制限しろ、という前述の主張に発展していったのだ。


 自分たちはジャニーズの御用テレビ局や御用スポーツ紙、御用雑誌を使ってなんの批判にさらされることもなく、都合のいい話を垂れ流していながら、一般人は黙ってろ!とは、その特権意識の強さに呆れ果ててしまうが、もっとひどいのは、ニノの主張に明らかにスリカエがあることだ。


 二宮はSMAPメンバーために、という体で、解散を嘆く前にその功績に敬意、感謝を示せと説教しているが、ファンはけっしてSMAPに敬意をもっていなかったわけではない。メンバーが望んだ前向きな解散ならば彼らもきっと暖かく送り出しただろう。


 しかし、実際のSMAPは、無理やりジャニーズの圧力で活動停止、解散に追い込まれていった。しかも、キムタクをのぞく4人は一時、ジャニーズの御用マスコミからバッシングを受け、芸能界から干される寸前まで追い詰められていた。ファンがそれに声をあげるのは当然のことだし、声をあげたからこそ、ジャニーズ事務所も、そこまで露骨な対応はできなくなり、4人はいまもテレビで活躍できているのだ。


 その事実にフタをしてファンにこんな理不尽な説教をするというのは、どう考えてもSMAPメンバーのためではない。その主張はまるで、SMAPを潰したメリー喜多川氏やその娘、藤島ジュリー景子氏らジャニーズ事務所幹部の論理そのものではないか。


 実際、SMAP騒動はファンの声によってメディアコントロールが利かなくなるという、ジャニーズ事務所が体験したはじめてのケースだった。その結果、SMAPの4人を追放できなかったのはもちろん、ネットでは事務所が強い批判を浴びることになった。しかも、この状況はいまも続いていて、キムタクの"裏切り者"イメージ払拭のために、香取慎吾のバッシング情報やキムタクの「いい話」をしきりに流しても、ファンの反発を買うばかりで、逆に状況は悪化。いまもキムタクはまったく人気を回復できないでいる。


 メリー氏やジュリー氏はこの状況を非常に腹立たしく思っているらしく、とくにSMAPファンについては蛇蝎のごとく嫌っているという。


 一方、二宮はジャニーズの中でも「空気を読むことにかけては随一の狡猾な性格」として知られているタレントだ。SMAP騒動でも真っ先にメリー氏やジュリー氏に媚びる姿勢を示し、昨年のアカデミー賞の受賞式で、二宮はこんなあいさつをしている。


「そしてジャニーさんとメリーさんとジュリーさんと、今までずっと迷惑をかけてきた人たちに、これでちょっとは恩返しができたかなと思うと、すごくありがたく、また頑張っていこうと思っています」


 普通なら、監督である山田洋次や吉永小百合ら共演者、現場を支えたスタッフに感謝の言葉を述べるところだが、彼らには一切触れることなく、自分の所属プロダクションの社長と副社長にだけお礼を述べたのだ。


 おそらくこういうかたちで尻尾を振り続けた結果、二宮はジュリー派初の"キムタクの映画共演相手"に選ばれたのだろう。そして、キムタクとの共演も決まった彼はさらに、メリー、ジュリー親子に媚び、その思いを代弁するように、ファン攻撃を展開したのだ。


 そういう意味では、サラリーマン的な悲哀も感じるが、しかし、だとしても、ネットの発言に制限回数を設定しろ、はないだろう。これは、前述したアイドル特有の肥大化した特権意識というようなレベルの話ではない。二宮の根っこに自分たちの既得権益を守るためには憲法で保障された「表現の自由」を平気でないがしろにするような危険思想があるということの証明だろう。


 もしかしたら、アイドルとして限界になったとき、ネトウヨ番組のキャスターに座ってたりして......。
(時田章広)


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