学歴フィルターの有効性に疑義 受験秀才は画一思考の欠点も

5月5日(土)7時0分 NEWSポストセブン

旧態依然の学歴主義に風穴をあけられるか

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 就活シーズンまっただ中のいま、リクルートスーツに身を包んだ学生たちの姿をあちこちで見かける。超売り手市場といわれるだけあって、学生たちの表情は明るい。しかし、だれにも希望する就職先への門戸が開かれているわけではない。いわゆる「学歴フィルター」が存在しているからだ。同志社大学政策学部教授の太田肇氏が、改めて学歴フィルターの有効性を問う。


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 企業が新卒採用にあたり、いまだに学歴フィルターに頼っている現実があることは、学生にとっても周知の事実である。旧帝大や早慶などを筆頭にした大学ランクがあり、例外はあるものの有名企業、人気企業ほど高いランクの学生に絞って採用しているのが実態だ。


 企業にとって、かつては大学の偏差値に基づくフィルターが有効だったのは間違いない。明治以降、そして戦後加速したキャッチアップの時代には、先進国の技術やビジネスモデルなどをいち早く取り入れ、自社に応用することが企業の成長と繁栄につながった。それに適した人材が、いわゆる「受験秀才」だったのである。


 また幅広い知識を備え、それを応用して効率的に正解へ導く能力や、逆境・悪条件のもとでも頑張って仕事を成し遂げる精神力も、大学の偏差値とかなりの相関が高かった。したがって偏差値の高い大学の学生を採用しておけばよかったわけである。


 しかし、IT化やグローバル化の波が押し寄せた20年ほど前から状況は変化している。


 まず、価値の源泉が物質すなわちハードウェアから、技術や知識のようなソフトウェアに移り、情報が瞬時に伝播するようになるとともに、世界の企業が横一線で競争する時代に入った。そして、「キャッチアップ」という言葉さえ死語になってしまった。


 またIT化の進展により、多くの業種や職種で定型的な仕事が大幅に減少した。同時に一般的な知識を応用し、迅速に正解へ導く能力もコンピュータにお株を奪われていった。


「これからは高度な専門的知識や論理的思考力こそが大切だ」という言説が広がり、大学教育でも専門的知識を身につけさせたり、論理的思考力養ったりすることを重視するようになった。


◆学歴という能力の代理指標が使えない時代に


 ところがITがさらに進化し、AI(人工知能)の時代に突入しつつあるいま、様相はさらに変化しつつある。人間に求められる能力や資質はもちろん、思考パターンや行動様式まで大きく変わろうとしているのである。


 たとえば専門的知識はもちろん、それを応用することや論理的思考はAIの得意とするところだ。そのため医師、弁護士、会計士といった高度な専門職の仕事さえ、かなりの部分がAIに取って代わられようとしている。


 端的にいえば因果のプロセスが明確でパターン化できる仕事は、やがて消滅する運命にあるのだ。そうすると、これまで通用した学歴や資格のような能力の代理指標(経済学でいうシグナル)もだんだんと使えなくなる。


 裏を返せば、AI化が進んでも因果のプロセスが不明でパターン化できない仕事ほど長く生き残るはずである。それを支えているものは、直感や感性、ひらめき、発想力といった人間特有の知的能力である。


 これらの能力も知識や経験と無関係ではないが、正体不明の部分が大きいため、学校教育で体系的に身につけさせようとしても限界がある。また、それをあらかじめ評価したり、判定したりすることも難しい。開き直ったようないい方になるが、実際に仕事をやらせてみなければ優劣がわからないのである。


 いずれにしても、それらの能力と学歴、偏差値との相関はかなり低い。近年、高学歴のエリート社員が仕事で成果をあげられず挫折するケースが増えているといわれるが、本格的なAI時代到来の前兆かもしれない。


 それだけではない。逆に「受験秀才」は思考様式や行動パターンが画一化されがちだという欠点がある。


 最近発表されたある研究では、大企業の研究開発技術者の思考内容が所属する企業の枠を超え酷似していることが明らかになっている。それが日本企業から画期的な新製品やブレークスルーが生まれなくなってきている一因ではないか、というわけだ。また高級官僚や大手メーカーで続発する不祥事を見ていても、その手口や対応のお粗末さがあまりにも似通っていると感じる人は少なくなかろう。


◆むしろ非高学歴層にねらいを


 こうしてみると、「学歴フィルター」は少なくともその有効性が疑わしくなっている。


 とはいえ、なかには高学歴でかつAIに代替されない能力も優れた、本物のエリートもいる。就職人気ランキングの上位にくるような超一流企業は、そうした本物のエリートを多数獲得している。しかし企業の人気度が下がるほど、そのような人材は少なくなる。それでも多くの企業は「学歴フィルター」を通して偏差値が高い大学の学生を採ろうとする。


 しかし、そこに残っているのは、いわば「上澄み」をすくわれたあとの学歴エリートたちだということを見落としてはいけない。だとしたら大多数の企業にとっては、彼らの中から採用するより、「学歴フィルター」で門前払いにあった人材のなかから優秀な人材を採るほうが得策だということになる。


 問題は、そうした人材をどうやって発掘し、育てるかである。すでに述べたとおり直感、感性、ひらめき、発想力といった能力はその性質上、直接身につけさせることも、評価させることも難しい。


 唯一の方法は、実践をとおして自ら身につけるようサポートし、仕事の成果やプロセスをとおして能力を見極めることである。インターンシップがそのための有効なツールになることは間違いない。


 もっとも、これまでわが国で行われてきたものより質・量ともに充実させなければならない。


 ちなみに私が顧問を務める人材育成の会社では、非高学歴者がAI時代に勝ち残れる能力を備えた「ネコ型人材」(※注/自由奔放で自発的に行動できる人。太田氏が命名)に育つためのインターンシップ・プログラムの開発に挑戦している。かりに成功すれば、旧態依然とした学歴主義に小さいながらも風穴を開けられるのではないかと期待している。


 大学の偏差値と仕事能力のギャップは開く一方である。にもかかわらず大学入試という選別システムにいつまでも企業が寄りすがっているのは、なんとも情けない話だ。そろそろ学歴にとらわれない採用に本腰を入れてもよいのではないか。

NEWSポストセブン

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