TOKIOの会見を違和感で終わらせていいのか?

5月5日(土)10時25分 財経新聞

 5月2日、TOKIO山口達也の事件を受けて、TOKIOのメンバー4人が会見を行った。

 その内容については各メディアで散々とりあげられているので割愛するが、とりあえず、現時点(5月3日現在)で判明していることは、いくつかの番組は継続するし、TOKIOも4人での活動は継続するが、バンドとしての活動は停止するということ。そして、少なくとも山口氏のTOKIOへの復帰は考えられていないということぐらいだろう。

 この謝罪会見を受けての世間の反応は非常にまちまちだ。

 泣きはらしつつも、厳しい言葉で叱責した松岡昌宏に感動する者、感情を抑え、淡々と謝罪しつつも怒りと悲しみが伝わってきた城島茂の誠実さ、かと思えば会見を彼らだけにやらせて事務所が出てこなかったことや、山口の処分が決まっていないのに会見したことへの問題提起する者など、賛否別れるものの、反響そのものは大きかった。

 残念なことに、被害者女性への「ハニートラップだった」という根も葉もない中傷や、被害者を特定しようとする犯罪行為に走る人間もいたし、問題のきっかけとなったNHK『Rの法則』(山口が被害者と出会った場所とされる)のホームページからは中傷や詮索を辞めるようコメントまで出さざるを得なくなっている。

 最も残念だったのは、「山口氏と事務所(と被害者)の問題なのだからTOKIOの謝罪会見はスポンサー向けのポーズだ」と言い切るものが、ネット民のみならず、ワイドショーの出演者にも存在したことだった。

 なぜ残念なのかというと、その指摘は半分は正解だからである。

 40歳を超えたれっきとした大人の男性が犯した罪を、30年来共に活動しているからといって、その他のメンバーが謝罪する必要はないといえばない。しかしながら、「必要性」はなかったとしても、メンバーによる謝罪には「価値」があった。いや、「価値」を見い出す必要があったと記者は考える。

 約30年、一緒に活動して、もはや家族同然の関係性を持つ人間が、裏切り、犯罪に走ったとき、人はどれほど悲しみと怒りと無力感に襲われるか……。

 松岡の涙、城島の汗、長瀬の虚ろな瞳、国分の苦しそうな眉間のしわは、生々しく表していた。

 一人の犯罪行為が、どれだけ多くの人々に悲しみと苦渋を与えるかということを、視聴者に見せることができるのは、彼らにしかできないことではないだろうか?

 アイドル界隈だけでも、ツアーを追いかけるファンによるキセル(無賃乗車)事件やチケットの不正取引、さらには詐欺行為が頻発している。そうでなくとも、特殊詐欺や薬物の運び屋、DVや性犯罪など、犯罪行為へのハードルが低くなり、検挙・起訴される人が増えているわけで、モラルの低下が叫ばれている中、TOKIO4人の会見を他山の石として、犯罪抑止に転換しようとする動きがあってもいいのではないか、いや、しなければ意味がなくなってしまうのではないかと思うのだ。

 ニュースは、ただ眺めて無責任に、加害者やときには被害者をつるし上げるために利用するものではない。

 TOKIOの会見を意味あるものにするためにも、安易な犯罪に自分から巻き込まれにいくような人間が減ることを祈っている。

財経新聞

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