忘れがたき「昭和のいい女」を一斉追跡!<直撃2・フラワー・メグ(23時ショー)>

5月6日(土)17時57分 アサ芸プラス

 アポロ14号が月に着陸した71年にデビューし、その1年後には芸能界から姿を消す。伝説の、あるいは幻の女優とも呼べるフラワー・メグ(65)が、長い沈黙を破って蘇った。

 フラワー・メグの伝説の一つに「日本で初めてテレビで上半身一糸まとわぬ姿を披露」というのがある。NET(現・テレビ朝日)の深夜番組「23時ショー」のアシスタントとして、みごとなプロポーションを披露。

「私はそれまでも赤坂のステージでそうした姿になっていたので、特に抵抗もなかったの。ただ、オンエア後に『教育上よろしくない』とか、抗議の電話は多かったみたい」

 まるでふだん着であるような脱ぎっぷりのよさは、映画や雑誌グラビアでも重宝された。

 さて、当時の深夜番組の雄といえば「11PM」(日本テレビ系)である。実は両方の番組から声がかかっていたが、ディレクターの熱意にほだされて「23時ショー」を選んだ。そのことで、思わぬ感謝もされた。

「何年か前に真理アンヌさんにお会いしたら『私の恩人なんです』と。私が断ったために『11PM』のほうは真理アンヌさんになり、それから5年間もレギュラーを続けたそうです」

 赤坂のステージとは、ゴーゴークラブにヌードショーを加えた「スペース・カプセル」のこと。文化人や政財界人の来客も多く、三越・岡田茂元社長や小社の創業者・徳間康快は、特に目をかけてくれたという。

 実はハーフではないが独特のエキゾチックな美貌、そしてスレンダーグラマーな肢体は、映画の世界においても鮮烈な光を放った。

「新藤兼人監督の『鉄輪』(72年、ATG)は、何の指導もお叱りもなく、ほとんど撮り直しもなくやらせていただきました。中年男の若い愛人という設定で、ずっとヌードのまま出ずっぱりでしたけど、楽しい撮影でしたよ」

 デビューした71年には、東映の人気シリーズ「不良番長 手八丁口八丁」にも出演している。梅宮辰夫が主演で、かわいがられていたメグは梅宮を「お兄ちゃん」と呼び、気がつけば膝の上に乗っていたという。そして梅宮の“弟分”によって事件が起こった──。

「ある日、梅宮さんの楽屋にいたら、安岡力也さんが入って来て、私の顔をペローンって舐めたんです。それからすごい力で私を押し倒して、襲おうとしたのね。私が『お兄ちゃんに言うわよ!』と言ったら、ビックリして飛び離れたの」

 誰もかれもが“不良番長”だった時代のエピソードだろう。それほど魅惑を振りまいたフラワー・メグが、あっという間に芸能界から去ったのはなぜか?

「子供ができたから(笑)。相手は赤坂の『スペース・カプセル』のオーナーで、私より12歳年上でした。もともと芸能界は遊びの延長みたいなものでしたから、これからは赤ちゃんと遊ぶわって感じでしたね」

 それから3人の子供を育てたが、夫とは離婚。子育てが落ち着いた10年ほど前、CD復刻など再評価のムードが高まり、少しずつ芸能活動を再開した。

「ここ最近はツイッターも始めたんです。ファンの方が私も知らないような写真を提示されるなど、いろんな発見がありますね」

 伝説の第2章が始まりそうだ。

アサ芸プラス

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