元ヤクルト・今浪隆博が語った“突然の病”と“引退の理由”

5月6日(日)11時0分 文春オンライン

 思っていたよりも元気そうに見えたし、その表情はとても明るかった。


「えぇ、体調はとてもいいです。薬は今も飲み続けているけど、日常生活において困ることも、大変なこともありません。今はとても快調です」


 昨年限りで11年間の現役生活に区切りをつけた今浪隆博に会った。ユニフォームは脱いだものの、スリムな体形も、屈託のない表情も往時のままだった。甲状腺機能低下症に起因する慢性甲状腺炎による突然の現役引退。ファンに向けてきちんとあいさつできないままグラウンドから去ってしまった彼に、じっくりと話を聞きたかった。そして、その姿を多くのファンにも見てもらいたかった。そこで、拙著『96敗 東京ヤクルトスワローズ それでも見える、希望の光』(インプレス)の出版記念イベントに彼を招いたのだった。


 イベント開催発表と同時に定員70名はすぐに埋まり、急遽30名を増員したものの、それも発表当日にソールドアウトとなった。ファンの中では今でも彼に対する思いが強く、かつて「今浪チルドレン」と呼ばれた彼のファンが、今でも多くいることの証明だった。そして迎えた当日。現役時代のヒーローインタビューの際にお立ち台で見せた「今浪節」は随所に冴え渡った。


「みなさん、大引啓次って知っていますか? あいつが給料分働いていれば、去年チームは96敗もしなかった。すべて彼の責任です」


「僕が試合に出ていれば、去年は96敗もしなかった。……たぶん94敗」


「一軍最後の試合については、バットは振れないし、走れない。ほとんど動けませんでしたけど、それでも西浦(直亨)ぐらいには動けました。……いや、西浦は言いすぎでした。谷内(亮太)ぐらいには動けました」


「野球が嫌いにならないで引退できたのはよかったです。……元々、野球は好きじゃないんですけど」


「仲の良かった選手? ……いません。先輩は先輩だし、後輩は手下だし、同級生は敵ですから」


 そして、「ヤクルトの現状について」尋ねてみると、彼は真顔で言った。


「実はほとんど見ていません。自宅にスカパー!を引いていないんで……」


 彼が何かを言うたびに、詰めかけた満員の観客たちからは大きな笑い声が起こった。実に和やかで、穏やかな時間が、そこには流れていた。



「今浪節」全開だったトークイベント ©長谷川晶一


改めて振り返る、突然の病と引退の経緯


 イベントでは、「引退の経緯」についても本人の口から詳しく話された。2016(平成28)年夏、彼はそれまでに経験したことのない倦怠感を覚えたという。顔はむくみ、真夏だというのに一向に体重は減る気配がなく、食事を抜いたりしてみても体重は微増を続けていた。9月1日、前日の富山での試合を終えて帰京した今浪は、それまで以上に「身体がだるい」と感じていた。そこで、「汗を流してキレを取り戻そう」と神宮球場で軽い練習に励んだ。そして、異変が起こった。


「練習を終えて電車に乗り、自宅の最寄り駅で降りたものの、身体が思うように動かないんです。自宅までは徒歩数分なのに、それすらも歩くことができない。仕方がないので、駅前のコーヒーショップに飛び込んで、少し落ち着くのを待ったんです……」


 しかし、体調は一向に回復する気配がなかった。そして、このときから今浪の記憶は曖昧なものとなる。


「この後、どうやって家に帰ったのかまったく覚えていません。近い距離だから、タクシーには乗っていないと思うんですけど、歩いて帰った記憶もない。覚えているのは遠征を終えて1週間ぶりに僕の姿を見た奥さんが、“顔がむくんでいるよ”って驚いていたこと」


 今浪はすぐに寝室に向かい、ベッドに身を横たえた。その間、妻はインターネットで体調不良の原因を一生懸命に探ろうと努めた。そして彼女はここ数日の夫の症状と「ある病気」の特徴が符合することに気づいた。数時間後、寝室から出てきた夫に妻は言った。


「甲状腺機能低下症の症状にとても似ていると思うの。甲状腺炎の可能性があるんじゃないのかしら……。きちんと病院に行った方がいいと思うよ」


 今浪自身は、「そこまで大げさなことではない」と考えていたものの、心配する妻の勧めもあり、何よりも実際にどうしようもない倦怠感に見舞われている以上、一度病院で診てもらった方がいいと考えて、その日の夜に病院を訪れた。


 診察室に案内された頃には日付は変わり、深夜となっていた。診断の結果は甲状腺炎。妻の見立て通りだった。医者は、「このまま帰すわけにはいかない」と緊急入院を勧めた。「明日も仕事がある」と固辞した今浪だったが、この日から現在に続く病との闘いが始まることとなった……。



今浪が語る廣岡大志へのエール



 薬を飲んでいることもあって、オフシーズンの間は症状は落ち着いていた。しかし、シーズンが始まると、きちんと薬を飲んでいるのにまた体調が悪くなる。今浪が当時を振り返る。


「この頃は、人と話すこともイヤになり、ベンチにいても誰とも目を合わせたくないんです。気持ちは落ち込み、涙が止まらなくなり、車を運転していても物騒なことを考えてしまうこともありました。この頃にはもう、自分はプロとして真剣勝負に耐えられる身体でないことを悟っていました……」


 こうして迎えた17年シーズン。キャンプ早々に腰を負傷し、「バッターボックスに向かうことも不可能だった」という状態が続いていた。心身ともに不調な日々。もはや、野球を続けられないことは、自分でも理解していた。だからこそ、シーズン最終日に球団から「戦力外通告」を突き付けられたときには安堵する自分がいた。


「自ら身を引くべきだとずっと思っていました。でも、その一方では技術的にも、年々進歩している実感がありました。だから、自分から引退を言い出す勇気が僕にはなかった。もしも、球団から戦力外通告を受けていなければ、今年も現役を続けていたかもしれません。そういう意味では球団からの通告はありがたかった……」


 今回のイベントでは大勢のファンの前で、改めて引退の経緯を丁寧に語ってくれた。誰にも言えずに病と闘っていた今浪の言葉にファンは静かに耳を傾ける。しかし、そのすぐ直後には、独特の「今浪節」で会場を爆笑の渦に巻き込んだ。



 僕にはどうしても聞きたいことがあった。それが、昨年のファン感謝デーにおいて、今浪が語った、「引退の理由は廣岡(大志)に押し出されたからです」という言葉の真意だった。次代のスター候補、廣岡に対する思いを尋ねると、今浪は言った。


「あれは、あの発言のままです。廣岡ってスケールが大きいというか、並みの選手ではないですよ、ポテンシャルが。それに、そこそこ顔がいい。スタイルがいい。プレーしている姿がカッコいい。ファンの人に応援される要素を持っているんです。これはとても重要なことです。そういったいろんなものを兼ね備えている選手。それが廣岡なんです」


 そして、去年のファームでの「合言葉」について教えてくれた。


「去年のファームでの合言葉は、“大志のために”でした。チームメイトたちが大志のために打って、大志のために守っていた。だから、大志は自分のプレーに集中してほしかった。仮に僕が.300を打っていて、大志が.150だったとしても、彼を使ってほしいと思っていました。だって、彼には先がありますから」


 彼には先がある——。それが昨年限りでユニフォームを脱いだ先輩からのエールだった。志半ばで引退を余儀なくされた今浪が期待する逸材。廣岡大志が、この言葉を聞いたらどんな感想を抱くのだろうか? そして今浪は笑顔で締めくくった。


「今シーズンは出番も増えて、いろいろなことを経験していると思います。ミスもあるけど、それを糧にして、彼にはもっともっとスケールの大きな選手になってもらいたいです」


 プロ3年目を迎えた廣岡の奮闘は続いている。そして、それを見守る今浪の新たな人生が始まろうとしている。


「11年間の現役生活。本当にやり残したことは何もありません。日本ハム時代、そしてヤクルト時代と多くのファンの方に支えられてきました。これからも自分なりに一生懸命に生きていきます。長い間、どうもありがとうございました!」


 晴れやかな表情で、今浪隆博は力強く語った——。


※好評につき、「今浪隆博氏トークイベント」第2弾が、5月21日に東京・八重洲ブックセンター本店にて行われることが決定しました。詳しくは www.yaesu-book.co.jp/events/talk/14054/ まで。


※「文春野球コラム ペナントレース2018」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/-/7235 でHITボタンを押してください。



(長谷川 晶一)

文春オンライン

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