話題のアドラー心理学者 小保方晴子氏の涙に「思惑感じた」

5月6日(火)16時0分 NEWSポストセブン

自己中心的な子供が増えていると語る岸見氏。その理由は?

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「承認欲求を持つな」「自己肯定するな」「子どもはほめても叱ってもダメ」——従来の常識を覆すようなアドラー心理学が、いま、多くの共感を呼んでいる。自己啓発の源流であり、D.カーネギーらに多大な影響を与えてきたアドラー思想の“今日性”とは何か。日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問であり、アドラー思想を対話形式でまとめたベストセラー『嫌われる勇気』(岸見一郎、古賀史健 著/ダイヤモンド社)の著書である岸見一郎氏に、アドラーのエッセンスを聞いた。


* * *

——アドラーの教えには、一見、驚くようなものがあります。その一つが「普通であれ」です。競争の激しい今日、「個性的であれ」「特別であれ」と言われがちですが、なぜ「普通」なのでしょうか。


岸見:まず、普通であることは、無能であることではありません。アドラー心理学は「普通であることの勇気」を大切にしています。これはつまり「自分を受け入れる勇気」を持つことと同意です。普通であることを受け入れられず、「特別な存在」になろうとする人がいますが、そのために、自らの優越性を誇示することをアドラー心理学では否定します。


——しかし、優越性の追求のために努力するのは、悪いことではないように思います。


岸見:自分自身の優越性の追求、つまり、自分の成長のための努力はよいでしょう。勉強であれスポーツであれ、成果を出すためには一定の努力が必要になりますし、いまの自分よりも前に進もうとすることにはもちろん価値があります。しかし、他人との競争における優越性を追求してばかりいると、「結果」だけを求める人間になりがちです。


 そもそも人生は他人との競争でありません。健全な優越性の追求とは、他者の比較のなかで生まれるのではなく、「理想の自分」との比較から生まれるものなのです。


——では、他人に対して自分の優越性を示したがるような人にはどう対処したらよいのでしょうか。


岸見:アドラーははっきりと、「もしも自慢する人がいるとしたら、それは劣等感を感じているからにすぎない」と指摘しています。立場を利用した威嚇も同様です。部下と話すときに、ことさら声を荒げる上司がいたとします。その人は、怒りを使わないと人の優位に立てないと感じているから怒るのです。そういう上司に対しては、あぁこの人は自信がないんだなと受け止めて、「普通に話してくれませんか」と冷静に言えばよいのです。


——とはいえ感情は、突発的なものではないのでしょうか。


岸見:アドラー心理学は、人間は「目的」に沿って生きていると考える「目的論」をとっています。そして感情も、目的に沿って出し入れ可能な「道具」だと捉えます。例えばレストランで、ウエイターが客の上着にコーヒーをこぼしたとします。客はカッとなって大声でウエイターを怒鳴りつけた。この客の行動を、ミスを犯したウエイターを屈服させるという目的のために、その手段として怒りという感情をねつ造した、と考えるのです。


 昨今の出来事で言えば、STAP細胞問題において私は意見するような立場にはありませんが、一つ感じたのは、小保方晴子氏は会見で、涙を流さずに言うべきことを言う勇気をもってほしかったなということです。涙という感情に、アドラー心理学者としては、様々な思惑を感じてしまうからです。実際のところはわかりませんが、周囲もまた、感情的に評価してはいけないと思いますね。


 私はカウンセリングの際も、怒りであれ涙であれ、相手の感情には注目しないようにしています。泣いている人がいたら、泣かないで話ができるまで待つ。本来、言うべきことは言葉で言えるはずだからです。


——先ほど、人生は競争ではない、とありました。しかし現実には受験、入社試験、昇進試験など、人と競争しなければいけない場面が多くあります。こうした中をどう生き抜けばよいのでしょうか。


岸見:確かにこの社会に競争はあります。が、当然ですが、競争だけではありません。アドラーが競争と並べて使う言葉が「協力」です。協力を知っている人は、必要があれば競争もできますが、競争しか知らない人に、協力はできない。競争だけに生きないために、対人関係に「協力」を持つことが重要です。


 最近カウンセリングなどを通じて感じるのは、自己中心的な若者が増えているなということです。ある人は、横断歩道を渡っていると、信号待ちをしている車の運転手がじろじろ見てきて困る、と訴えました。自意識過剰ですね。少子化ということもあって、いま子供は親の愛情をたっぷり受けて育ちます。家庭で子供は常に中心的存在。だから大人になっても、中心でいたい、いられるはずだと思う。


 しかし大人になるというのは、注目されなくなることです。アドラーは共同体への所属感は必要だと説きますが、それは中心にいることとは違います。中心でなくなることもまた「普通であることの勇気」を持つことであり、そういう自分を受け入れることで、新しい人生が始まるのです。


■プロフィール 岸見一郎(きしみ・いちろう)

哲学者。1956年京都生まれ、京都在住。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。精力的にアドラー心理学や哲学の執筆・講演活動、そして精神科医院などで多くの「青年」のカウンセリングを行う。日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問。訳書にアルフレッド・アドラーの『個人心理学講義』『人はなぜ神経症になるのか』、著書に『アドラー心理学入門』など多数。『嫌われる勇気』では原案を担当。


■撮影/山崎力夫

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