【大河ドラマコラム】「青天を衝け」第十二回「栄一の旅立ち」栄一が“渋沢栄一”としての第一歩を踏み出した「血洗島・青春編」のクライマックス

5月6日(木)15時39分 エンタメOVO

渋沢栄一役の吉沢亮

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 「俺は自ら死ぬなんて、二度と言わねえ。どんなに間違えても、みっともなくても、生きてみせる」

 5月2日に放送されたNHKの大河ドラマ「青天を衝け」第十二回「栄一の旅立ち」のクライマックスで飛び出した主人公・渋沢栄一(吉沢亮)の決意の言葉だ。いとこの尾高惇忠(田辺誠一)らと計画していた高崎城乗っ取りと横濱の焼き討ちが、世のすう勢を知った尾高長七郎(満島真之介)の説得により頓挫する。

 失意のうちに妻・千代(橋本愛)が待つ家へ帰った栄一は、「命を捨てても、世の中を変える」という自分の考えが間違っていたことを認める。そして、生まれたばかりの娘・うたを初めてその腕にしっかりと抱き、泣きながら「死なねえでよかった…」と漏らした後、千代に向かって冒頭の言葉を吐く…。



 5分に及ぶ長いシーンでありながら、吉沢と橋本の気持ちのこもった芝居も見事で、「血洗島・青春編」(番組公式サイトの表記による)のクライマックスにふさわしい胸打つ名場面となった。

 ここで、改めて渋沢栄一に関する吉沢の発言を振り返ってみたい。番組公式サイトや当サイトのインタビューを見ると、「渋沢栄一さんは“ちゃんと生き抜く人”」「泥くさく生き抜く強さや生命力が渋沢さんの大きな魅力」などと語っている。これを踏まえると、冒頭の言葉が飛び出すクライマックスは、農家の後継ぎだった無名の青年・栄一が、歴史に名を残す“渋沢栄一”としての第一歩を踏み出した瞬間だったとも言える。

 幕末というと、西郷隆盛や坂本龍馬、高杉晋作など、華々しく散った人物に注目が集まりがちだ。もちろん、そういう人々の尊い犠牲の上に、今の世が出来上がっていることは言うまでもない。しかし、誰も彼もが命を捨ててしまっては、彼らが切り開いた新しい世を受け継ぐ人がいなくなってしまう。

 明治以降、実業家として活躍し、「日本資本主義の父」と呼ばれる偉業を成し遂げた渋沢栄一は、そんな時代を生き抜くことで、今に続く世を築き上げた人物だった。その意味では、いかに困難でも、生き抜くことは、命を懸けることと同じくらい尊いと、この栄一の決意に改めて教えられた気がする。

 さらに、この回には他にも、これから栄一が歩んでいく上で道しるべとなるような言葉が幾つかあった。まずは、隠していた計画の全てを打ち明けて謝罪し、京に向かいたいと申し出た栄一を送り出す際、父・市郎衛門(小林薫)が語った「ものの道理だけは踏み外すなよ」という言葉。これは言うまでもなく、「人として間違ったことはするな」という意味だろう。

 そしてもう一つが、冒頭に記したクライマックスで、千代が栄一に語った次の言葉だ。「おまえ様、道は決して、真っすぐではありません。(中略)曲がったり、時には間違えて引き返したって、よいではありませんか」

 これらを併せて考えると、「人として間違ったことはせず、もし進む道を間違えた場合は、素直に認めて行いを正し、恥ずかしくてもそれを受け入れて生き抜く」といったあたりが、これからの栄一の生き方の指針となるに違いない。そしてこれは、今を生きる私たちにも通じるものだ。

 “生き抜く人”渋沢栄一のドラマは、次回から始まる「一橋家臣編」で本格的に幕を開ける。ここで手に入れた生き方の指針を胸に、栄一が幕末から明治維新という大波をいかに乗り越えていくのか。栄一同様、自分自身もこの指針を心に留めつつ、その行方を見守っていきたいと思う。(井上健一)

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