武道館——読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

5月7日(月)17時0分 文春オンライン

 書店で一番まぶしい場所は、単行本の棚だ。


 本には大きさが二種類あり、文庫本と単行本という分け方をされているが、私はいつも眩しさに吸い寄せられるようにして、店の一番前に平積みされている単行本の前で足を止めてしまう。


 色とりどりの表紙が並んでいるのは、ケーキ屋の店先にいるようなものだ。ショートケーキ、チーズタルト、チョコレートムース。


 私は心の中で指をくわえるようにしてじっと眺めてから、ようやく一つを選ぶことが出来る。


 ショーケースの中へ並べられたケーキが、どれも違う輝きで私を惑わすように、単行本にも個性があるのだ。


 例えば本によって使われている紙が違うので、手にした時の感触が一つひとつ違う。ざらざらしているもの、つるつるのもの、凹凸のあるもの。それにページをめくれば中に織り込まれている紙も一つひとつ違うし、タイトルに使われている書体も違う。


 さらにカバーを外せば、新たな表紙も現れる。それはカバーより大人しいデザインであることが多く、広告を抜かした素朴な姿がそこにあるようにも見える。


 それらを指でなぞりながら、どんな話が書かれているのか想像する。人差し指と中指で紙を撫でていると、早く全部を知りたくて落ち着かない気分になる。


 面白そうだなあ、どれにしようかなあ。今日は二つ買っちゃおうかなあ。


 そんなことを考えながら立ち止まる、この時間がとても好きだ。


 とはいえ文庫の方が値段も安く、持ち運びやすいサイズである為機能としては優れているのは間違いない。もっと言えば、何千冊も持ち運ぶことの出来る電子書籍ならば、圧倒的に利便性も良い。


 それでも私が単行本の棚で足を止めてしまうのは、もしかすると値段が安くなくて、持ち運びにくくて、一つひとつばらばらの大きさだからかもしれない。


 自分のご褒美の為に買っていた文庫本より大きな表紙。ずしりと重みがあるのを確認しながら、通学用の鞄にしまうのが嬉しかった。


 非効率であることは、必ずしも悪い訳ではない。


 人は手間や時間やお金がかかるものの方が、簡単に得られたものよりも愛しい時があるのだ。



 それはおそらく、音楽を聴くことにも当てはまるだろう。


 しかしCD文化は年々衰退し、今や時代はストリーミング配信に移行しようとしている。


 それはそれで今のライフスタイルに合っていて、正しいと思う。しかし実際のところ違法の音楽サイトで無料で聴かれている数の方が多いかもしれない、というのが現実だ。


 このままオンライン上で無料で聴かれている状況が続けば、アーティストやレコード会社に入るお金が減り、音楽文化は衰退するだろう、とまでも言われている。それには私もミュージシャンとして危機感を感じている。


 多くのミュージシャンが常にお金の心配をしながら音楽を制作したり販売したりすれば、衰退すると断言しないにしても、変化は必ず訪れる、と思うからだ。


 そして変化していくのは、音楽文化そのものや制作している側ではないだろう。


 音楽に手間や時間やお金を投じなくなった時、人々は必ず何かを失う。


 そしてそれはもしかしたら、自分が大切にしてきた記憶のようなものかもしれない、と思うのだ。


 私が初めてCDを買いに行ったのは、十一歳の時。


 KinKi Kids のデビュー曲『硝子の少年』をテレビ番組で聴いて衝撃を受けた私は、誕生日に祖母に貰ったお金を握りしめ、生まれて初めてCDショップへと向かった。


 CDショップは、今まで自分が行ったことのあるどんなお店とも違っていた。おもちゃ売り場にあるような子供向けのポップはどこにも無く、デザインは洗練されていた。


 ぴかぴかの透明の袋に入ったCDが並ぶ店頭で、私は細長いCDのパッケージを一つ手に取った。今はCDシングルも正方形のジャケットの中にアルバムと同じ大きさのディスクが入っているが、その頃はCDシングルのジャケットといえば長方形だった。ディスクも今より一回り小さい。


 私は緊張しながらレジへと向かった。


 ジャケットに写っているKinKi Kids の堂本光一さんと堂本剛さんを眺めていると、二人がこのジャケットの中に住んでいるんじゃないかとさえ思えてきた。実際にこの世に生きているとは、とても思えない。


 光一、やばい、超格好いい。


 特に光一さんのファンだった。私は小学生の頃、どうしてなのか長髪の男性に惹かれることが多かった。長髪という理由で、SHANZAのIZAMさんのことも好きだった。男性が長い髪を肩の上で揺らしているのが、小学生の私の核心をついたのだ。


 写真に見とれている間に前の人の会計が終わっていて、私は慌ててレジに長方形のCDジャケットを差し出した。手に汗をかいているせいで、透明の袋が湿っていた。



 大切に持ち帰ったCDは、祖母の家で開いた。表紙のぺらぺらの紙をめくると、小さな宇宙船がはまっていた。手のひらサイズの銀色の円盤が、蛍光灯に当たって七色に光る。私は壊さないように大切に取り出してから、静かにプレイヤーに乗せた。


 再生ボタンを押すと、音楽が始まるまでに少し空回転するのが、宇宙船が飛び立つような音に聞こえた。二人の歌声を、手に持っている歌詞カードを見ながら追っていく。




—ぼくの心はひび割れたビー玉さ のぞき込めば君が逆さまに映る

Stay with me 硝子の少年時代の破片が胸へと突き刺さる—



 なんて格好良いんだろう。小学生の私は、夢中で歌詞の意味を考えながらCDを何度も聴いた。


「噓をつくとき瞬きをする癖が 遠く離れてゆく愛を教えてた」という歌詞が、どういう状況なのか当時の私には理解できなかったが、何となくアダルトな意味を含んでいるような気がして、近くにいる祖母に意味を聞くことが出来なかった。


「くちびるがはれるほど囁きあった」「絹のような髪にぼくの知らないコロン」


 歌詞に書かれていることは自分の人生には遠い世界であるはずなのに、何故だかドキドキと胸が鳴った。知ってはいけない世界を覗いているような気分だった。


 何度もプレイヤーの中へセットしては擦り切れるほど小さな円盤を回したはずなのに、蓋をあけて覗くとCDはちゃんとぴかぴかで、いつまでも真っさらな宇宙船のままだった。そのまま空に飛んでいきそうだ、と思いながら、私はCDを何度も回した。


 それは大人の世界へと迎えに来た、小さな宇宙船だった。


KinKi Kids「硝子の少年」作詞:松本隆 作曲・編曲:山下達郎


 

「お金を払うって、自分が何を欲しがってるのか、自分が何だったら満足するのか、すげえ考えるしすげえ選ぶってことじゃん。金も払わないで、何でもある中から手に取り続けてたらさ、そりゃ、自分がどんなヤツかってわかんなくなるよ。金払ってなかったら、期待外れのモンでも、まあいいかってなっちゃうし。めっちゃ良かったモンでも、ラッキー、くらいだし。どっちも同じくらいの距離にあるっつうか」(朝井リョウ『武道館』より)


 確かに無料でも手に入ってしまうものを得られるのに、わざわざ有料の方を選択するのは難しい。


 ワンクリックで手に入るのに、労力をかけて店に足を運ぶのは非効率に思えるかもしれない。


 今や手間や面倒は、あえて選ばなくては手に入らないものになっているのだ。


 それでも、本屋に行き、単行本のコーナーに足を運び続けるのは、小学生の時に買ったCDの思い出を今でも大切に思うからだ。硝子の少年時代の破片は、確かに私の胸に突き刺さっている。



(藤崎 彩織(SEKAI NO OWARI))

文春オンライン

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