歴史作家が分析 映画『キングダム』戦闘シーンのリアリズム

5月8日(水)7時0分 NEWSポストセブン

映画『キングダム』のインターネット公式サイトより

写真を拡大

 古代中国を舞台に、秦の始皇帝の中華統一に至る道程を描いた漫画『キングダム』が映画化され、話題となっている。見どころとして語られる大迫力の戦闘シーンの秘密を、『春秋戦国の英傑たち』の近著がある歴史作家の島崎晋氏が検証する。


 * * *

 漫画を実写化する際に直面する問題はいくつもある。俳優の人選もそうなら、アクション・シーンをいかに描くかもそうである。後者について言えば、あまりにCGやワイヤーアクションに頼りすぎると、どうしても安っぽく見えてしまう。かといって、出演者全員にアスリート並みの役作りを要求するのも無理である。その辺のバランスは非常に難しいのだが、映画『キングダム』はその問題を巧みに乗り越えてくれた。


 まずスケール観という点で言えば、中国ロケができたことの意味は大きい。撮影用の大型セットがすでに数か所あるから、新たに宮殿や城壁をつくる必要がない。低予算では安っぽいものしかできないから、時代考証もしっかりしている既存の現物大セットを利用できたのは、制作側からすれば本当にありがたいことだったろう。


 それから騎兵が進軍するシーンである。CGで馬の数を水増しするのと、本物の馬を使用するのではやはり迫力に雲泥の差がつく。日本国内では5〜6頭揃えるのも簡単ではないが、中国ではその100倍用意できる。映画では大沢たかお演じる王騎将軍と長澤まさみ演じる楊端和(「山の民」の王)が騎兵の大軍を従えるシーンが出てくるが、CGではあの迫力は表せない。本物の人馬を何百と動員できたからこそ、観客の期待感を高める効果をもたらすことができたのである。


 春秋戦国時代(紀元前8世紀〜紀元前3世紀)は戦争の仕方が大きく変化した時代でもあった。開けた場所での決戦型から、騎兵と歩兵の組み合わせで場所を選ばないものへと変化したのである。それにともない籠城戦も頻発した。近接戦が増えたことから、短柄兵器の有効性も増すこととなった。


『キングダム』の時代(紀元前3世紀)の武器といえば、短柄兵器では剣や刀、長柄兵器では槍や鉾、飛び道具は弓矢や弩(ど。機械仕掛けで矢や石を発射する)を挙げることができるが、王騎将軍は原作と同じく映画でも重い矛を愛用している。馬上で戦うのが基本の将軍であれば長柄兵器のほうが有効なのは言うまでもないが、馬から降りて戦う場合でも、絵的には矛がもっとも見栄えがする。その意味では、王騎の武器を矛にした設定は正解であったと思う。


 山崎賢人が演じた主人公の信は剣を武器にしているが、最下層の人間という位置づけだから、これはやむをえない設定である。原作では王騎が息を引き取る際、その矛を譲り受けているが、実際に使用し始めるのは1000人の部隊を率いる千人将になってからで、いまだ腕力が足りず、なおかつ身分不相応な武器を手に戦わせるわけにはいかなかったのだろう。


 楊端和が率いる「山の民」の中には刃物ではなく、打撃兵器とでも呼ぶべきものを使っている者もいたが、これまた実戦的な兵器と言える。刃物で何人も切れば切れ味が落ちるし、折れやすくもなる。その点、打撃兵器はいつまでも使える。要は敵を殺さずとも戦闘不能にすればよいのだ。


 映画では左慈(さじ)という王弟側(主人公の敵方)の剣豪を、アクション監督として定評のある坂口拓が演じているが、これまたアクション・ファンには涙が出るほど嬉しい人選である。リアル・アクションを追及してやまない彼の起用を決めた佐藤信介監督に惜しみない拍手を送りたい。


【プロフィール】しまざき・すすむ/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。著書に『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『春秋戦国の英傑たち』(双葉社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 孫子の兵法』(日本文芸社)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)、『いっきに読める史記』(PHPエディターズ・グループ)など多数。

NEWSポストセブン

「歴史作家」をもっと詳しく

トピックス

BIGLOBE
トップへ