『ディアマイベイビー』松下由樹演じる芸能マネージャーのひどくバグった愛情の演技は、なぜ面白すぎるのか
2025年5月9日(金)21時0分 マイナビニュース
放送中の春ドラマで女優・松下由樹の底力を見ている。毎週金曜深夜放送の『ディアマイベイビー〜私があなたを支配するまで〜』(テレビ東京系)がそれだ。
○束縛が狂気へと変貌していく
松下演じる、芸能ベテランマネージャー吉川恵子。偶然出会い、マネジメントを担当、住居も共にしている新人俳優・森山拓人(野村康太)への、狂った愛情が止まらない。陰で「バブちゃん」と呼び、自宅の一室には拓人の写真で埋め尽くされた部屋もある。恵子が奇行をはたらいているとはつゆ知らず、自分に目をかけてくれている存在だと慕う拓人。そして日々、歪んだ愛情が濃くなっていく恵子……という物語。読んでいれば韓流か、深夜ドラマだと片付けられがち。でも主演が松下由樹というだけで、他ドラマとは一線を画しているのは放送前から気づいていた。
ではこれまでの放送回で恵子が拓人を束縛するために、どんな常軌を逸したシーンがあったのか。
印象に残ったのは第2話のロケ弁ぶっつぶしシーン。拓人が衣装部屋でスタイリストから食事に誘われている様子に出くわす。「バブちゃんに手を出そうとするなんて……!」とでも言わんばかりに、恵子は怒りをあらわにして、手にしていた弁当を手で握りつぶす。その男並みの腕力にも驚くけれど、弁当をつぶす非日常的すぎた行為に呆気に取られた。ちなみにつぶした弁当は、自分の怒りと存在を知らしめるかのように、衣装部屋の入り口に投げ捨てていた。
「淫乱女」
スタイリストにそっとささやいて、ドラマの担当から外れるように仕向ける。バブちゃんのためなら職権濫用だ。
第5話は恵子の想いが炸裂。拓人の役にキスシーンがあると聞き、当初はテレビ局にクレームを入れるが、その後、ニヤリと何かを企んだ笑みを見せて、承諾する。そしてその夜、拓人にこう強要する。
「キスをしているという動きをしているだけなの。(中略)練習はしないと」
俳優同士の実年齢は松下56歳、野村21歳。35歳差の超絶濃厚ディープキスはもう狂気ではなく、凶器。松下が相手の唇に吸いついていく演技に震えた。やはり昭和の女優の強さは卓越している。
○平成ドラマで見せた意地悪姉妹の名作
最近の松下由樹といえば『G線上のあなたと私』(TBS系 2019年)のパート主婦役、『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか』(東海テレビ・フジテレビ系 2024年)のシングルマザー、といった"いいお母さん"のイメージが強い。これも間違ってはいないけれど、私のような昭和生まれのおばさんからすると、彼女といえばヒール役のイメージが強い。例えば1990年放送の『想い出にかわるまで』(TBS系)では、姉の婚約者を寝取る妹役を演じた。放送当時、女性の間で話題だったこの作品を見て「女は好きな男のためなら家族なんぞ、簡単に捨てる」のだと世の女性を震撼させた。いや、奮起させたとも言えるけれど。
1999年放送『週末婚』(TBS系)で演じた姉役では、自分の都合のために妹の結婚を件の弁当のように、ぶっつぶしていた。その後、妹が結婚をしても「私より幸せになるのは許さない」と悪意ある行為を続けていく姉。他にも『ナースのお仕事』(フジテレビ系・1996年)の先輩役など、明るいキャラクターも代表作には上がってくるけれど、同時にヒール役の印象が強い。それらが『ディアマイベイビー』の恵子役につながっている。
○深夜ドロマの変換きっかけになるかもしれない
ここ数年の深夜ドラマでは不倫、略奪愛、血縁バトルといった泥沼系の作品が多い。私はこの作品を総称して「深夜ドロマ化現象」と呼んでいる。この背景にはさまざまな理由があるけれど、バラエティ番組の勢力は落ちている今、ドラマの量産にテレビ局が力を注いでいるのは確かだ。とはいえ、各局の深夜ドラマがほぼ深夜ドロマで埋め尽くされるのには、辟易している。
ただ『ディアマイベイビー』だけは違う。放送回を追うごとに主人公の異常愛がエスカレートしていくのだから「来週は何をやるのか」と、次回が楽しみになっている。この現象の理由はただひとつ、松下由樹の練達の演技だ。他の俳優が演じていたら、興味はそそられなかったし、こんな『ディアマイベイビー』論を書かなかったはず。本作が終わってもまた視聴者を刺激する演技をぜひ見せて欲しい。同時に各局の深夜ドロマも、若手ばかりが演じるのではなく、ベテランに主演を張らせるのも検討してほしい。確かな演技であれば、視聴者はどこまでも喰らいつくのだ。
小林久乃 こばやしひさの エッセイ、コラム、企画、編集、ライター、プロモーション業など。出版社勤務後に独立、現在は数多くのインターネットサイトや男性誌などでコラム連載しながら、単行本、書籍を数多く制作。自他ともに認める鋭く、常に斜め30度から見つめる観察力で、狙った獲物は逃がさず仕事につなげてきた。30代の怒涛の婚活模様を綴った「結婚してもしなくてもうるわしきかな人生」(KKベストセラーズ)を上梓後、「45センチの距離感」(WAVE出版)など著作増量中。静岡県浜松市出身。Twitter:@hisano_k この著者の記事一覧はこちら