義理の息子を愛して、身を滅ぼす。ギリシャ悲劇と現代の感覚を繋ぐのは、大竹しのぶの“女として”の現役感

5月10日(水)16時0分 messy

大竹しのぶ主演、平岳大、門脇麦、キムラ緑子がそろう「フェードル」

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 劇場へ足を運んだ観客と出演者だけが共有することができる、その場限りのエンターテインメント、舞台。まったく同じものは二度とはないからこそ、時に舞台では、ドラマや映画などの映像では踏み込めない大胆できわどい表現が可能です。

 人間の愚かさや弱さ、だからこその愛しさなど、古来連綿と続いてきた思いにどっぷりと浸れるのも、舞台作品の魅力。それがいちばん発揮されるジャンルは、ギリシャ悲劇です。実力派と呼ばれる俳優たちがこぞってギリシャ悲劇への出演を希望するのは、壮大な世界観の中で、演じ手のありのままの力量や抱えている業のすべてが赤裸々にさらけ出されるからかもしれません。

 ギリシャ悲劇は3度目の主演である大竹しのぶも、そのひとり。主演舞台「フェードル」は、愛の女神によってもたらされた呪いで禁断の恋に身を滅ぼしてしまう女の物語です。

 フランス古典主義を代表する劇作家、ジャン・ラシーヌが古代ギリシャの物語を題材に書いた「フェードル」は1677年に初演され、1680年のフランス国立劇場のこけらおとし(設立)公演でも上演されました。

肉欲をともなう恋情を表現

 舞台はギリシャ、トレゼーヌ。ギリシャの英雄であるアテネ王テゼの妃で、太陽神ヘリオスの子孫であるフェードルは、病の床に伏していました。それは、血のつながらない息子であるイッポリットへの抑え切れない恋情に苦しんでいたから。英雄の妻であり将来国王となる息子の母である自分と恋心の狭間で死を願うフェードルでしたが、夫が行方不明になり捜索のため街を出ようとする息子へ、苦しみのあまり愛を告白します。

 フェードルが叶わない恋に陥ってしまったのは、神々のせいでした。太陽神ヘリオスが愛の女神ビーナスの浮気を目撃し夫へ告げ口をしたため、その復讐にビーナスはヘリオスの子孫すべてに「夫以外のものへ恋をし、国を破滅させる」と呪いをかけました(劇中には出てきませんが、クレタ島ミノス王と結婚したフェードルの母親は牡牛に恋をさせられ、牛の頭をした怪物ミノタウルスを産んでいます。ミノタウルスを退治した英雄がテゼ=テセウスです)。

 太陽神の血を引くにもかかわらず、その血筋を恐れるかのように黒いベールをかぶり日差しに怯えるフェードルは、道ならぬ恋心を抱えていることを恥じ、王妃としての名誉を守るために死を望んでいます。多情な夫とは違い恋に無関心ながら、父と同じりりしさを持つイッポリットを褒めたたえる大竹のうるんだ瞳は、まるで少女のよう。

 しかしベールを脱いであらわになる大きく開いたデコルテの白さはとてもエロティックで、イッポリットへの気持ちが肉欲を伴う“オンナ”のものであることの説得力を伴っていました。「恥ずかしい罪をおかしながら、一度もその果実を味わえなかった」と叫び、女性が性欲をあからさまにすることが敬遠される風潮のある現代日本でここまで納得させるのは、大竹の存在感とその“現役”感ならでは。

 また、イッポリットにすがっていても「あなたに恋している気持ちを正しいと思っていない。神の復讐に利用されている自分のことを自分がいちばん嫌っている」というセリフの中身以上に、王妃であり王女の威厳を保っているのはさすが実力派だと再確認。笑顔のまま頬を伝い続ける涙が、継母の立場と自身の恋心、相反するフェードルの内面を象徴するかのようでした。

 イッポリットはフェードルを拒絶します。彼は父・テゼを尊敬する一方で、各地で浮気する姿を目の当たりにして恋自体を疎んでいましたが、テゼに反逆したため奴隷に落とされたアテネ王族の娘アリシー(門脇麦)と思い合っていました。そこへテゼが帰還。フェードルはアリシーへの嫉妬で錯乱し、周囲の策略からイッポリットは追放されてしまいます。

義理の息子役・平岳大の色気

 イッポリットを演じるのは平岳大。フェードルへむけているのは作り笑いでも、ふっとしたときの目線や声のセクシーさに、同じくギリシャ悲劇「王女メディア」主演などで絶賛されていた父親の故・平幹二朗の面影が読み取れたのは気のせいではないはず。冒頭の登場場面で声が聞き取りづらいと感じられたのに、アリシーへ恋をしていると指摘される場面や彼女との会話ではクリアになるのは、表面の色っぽさだけではなく優れた技術も父・平から譲り受けているさまがうかがえました。

 フェードルと意味は違っても、同じく自分の恋心に怯えていたイッポリットが愛を見つけられたのは、神々の示唆がなくてもひとはひとを愛さずにはいられないという恋愛讃歌の面もあるのかもしれません。

 テゼに追放されたイッポリットはアリシーと駆け落ちしますが、テゼへ加護を与える海神ネプチューンの放った怪物に襲われ、英雄の息子にふさわしく立ち向かって死亡。フェードルは毒を呑み自死し、息子の冤罪を知ったテゼはその遺言に従って残されたアリシーの保護を誓います。

 愛した結果滅びるとわかっていても全力で愛さずにはいられない激しさは、神に運命を狂わされる理不尽さや悲しさもあいまって観客は、そしておそらくは演者自身も、魅せられずにはいられません。ギリシャ悲劇のなかの喜びや哀しみ、憎しみのすべてが鮮烈なのは、神が生活のなかに当然のように存在していた時代に育まれたからだけはでなく、愛すること、そして生きることにいまよりも情熱的であったのではないかなと感じられるのです。

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