尾上右近「カレーと歌舞伎の共通点とは。一番の思い出は、素っ裸でホテルで食べた黒毛和牛ビーフカレー」

2024年5月10日(金)12時30分 婦人公論.jp


歌舞伎界のホープ、尾上右近さん。カレー愛をつづったエッセイ集「尾上右近 華麗(CURRY)なる花道」(主婦の友社)が4月出版される(撮影◎本社 奥西義和)

歌舞伎界のホープとして注目され、映画やテレビなどでも活躍する尾上右近さんは、カレーを年間360皿食べる。そんなカレー愛をつづったエッセイ集「尾上右近 華麗(CURRY)なる花道」(主婦の友社)が4月出版される。「なぜカレーがそれほど好きなのか」というと、「カレーと歌舞伎はものすごく似ているから」。本を出すに当たり、そのこころを聞いた。カレーの花道は歌舞伎への情熱につながっていた。
(構成◎山田道子 撮影◎本社 奥西義和)

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カレーと歌舞伎はとても似ている


【「華麗なる花道」と「CURRYなる花道」。「かれい」をかけた絶妙なタイトルだ。カレーにこだわる理由だけでなく、歌舞伎や舞台など出演作品とカレーにまつわる思い出、最愛のカレー店、激推しレトルトカレーなどまで濃厚に記されている。】

「カレー」と「歌舞伎」の両方を楽しんでいただける本を出したいと、かねてから思っていました。テレビ番組などで「カレー好き」が知られ、いろいろ話をしている中、出版の話をいただき、本を出すことになりました。今、自分が生きていて一番感じていることを書籍に残すことは一つの区切りになったと受け止めています。

カレーの魅力にはまったのは、何より歌舞伎の道に入ったことが大きい。歌舞伎の舞台に立っている時には食事の時間が限られます。だから、ぱっと食べられるカレーはとても都合がよい食べ物なのです。大好きなお米、タンパク質や野菜など栄養もバランスよく摂れ、ワンプレートで完成されている。しかも、種類がめちゃくちゃ多いので飽きない。

東京・東銀座の歌舞伎座の近くにある「ナイルレストラン」という素晴らしいインドカレーのお店の存在は大きい。多くの歌舞伎役者がテイクアウトをしたり、食べに行ったりしています。僕がカレー道に引き込まれるきっかけとなったお店です。また、地方興行で全国を巡りますが、どこに行ってもあるのでその土地ならではのカレーを楽しめます。

歌舞伎を生活の軸として捉えているからこそ、いろいろな条件を満たしてくれる「カレーなる花道」にたどり着いたのだと思います。

本のタイトルは、カレーと歌舞伎がとても似ていることを込めたものです。何十もの候補の中で「これしかない!」とひらめきました。歌舞伎役者は花道から注目を浴びて舞台に登場する華やかなメージが強いですが、僕は自身を“雑草”だと思っています。だから、歌舞伎役者がカレーを語るギャップ、真面目なのか、ふざけているか、どっちもあっていいと伝えられるのもよいと考えました。


『尾上右近 華麗なる花道』(著:尾上右近/主婦の友社)


主要スパイスの一つのターメリックは、「ウコン」の一種だそうです。(笑)

多様で定義はなくエネルギーに溢れている


【カレーと歌舞伎。片やインド発祥の食べ物、片や400年超の歴史を持つ日本の伝統芸能。なぜ似ている? 同著によると、まず、右近さんがどちらも好きだということ。次に、バリエーションの多さ。そして、定義がないことだという。バリエーションの多さと定義がないことはつながっているようだ。】

カレーも、家庭で親が作ってくれるカレーからプロが作るカレーまで幅広く、家庭ごと、店ごとに特徴がありますし、味わい深い。さらに、いわゆるカレーライスだけでなく、カレーパン、カレーうどん・そば、スナックまでバリエーションは半端ない。では、カレーとは何か。プロや愛する人たちに聞くと、みんな「カレーに定義はない」と言うのです。

歌舞伎も、歌舞伎役者がやるから歌舞伎であって、厳密な意味での定義はありません。決まりポーズの見得や拍子木のつけ、三味線があるのが歌舞伎というわけではありません。最近は漫画やオンラインゲームを原作とした多様な新作歌舞伎も次々作られています。そのような演目に出演した時に、「歌舞伎っぽくない歌舞伎だったね」という感想をお客さまからいただくこともあります。でも、僕は歌舞伎役者として演じているから歌舞伎なのです。

いろいろなカレーがあって、みんな自分の好みで選んで、食べて、楽しんでいる。人それぞれのカレーがある。歌舞伎も、若い人からお年寄りまでいろいろな人に楽しんでいただきたいということで、新ジャンルの作品が生まれている、これも共通点です。

また、両方ともエネルギーに満ちている。カレーはパワーフード。カロリーは高いし、食べると元気が出る。歌舞伎も、あらゆる時代の困難を乗り越えて生き延びてきた力があります。エネルギーに溢れていることも共通していると思います。

このように両方とも多様で定義はないけれど、それぞれ通底しているものがあります。カレーでいえばスパイス。ちなみに、主要スパイスの一つのターメリックは、「ウコン」の一種だそうです。(笑)

歌舞伎役者の場合は、長年をかけて身につけきた振る舞いやたたずまいではないでしょうか。歌舞伎役者は、本名ではなく芸名を名乗ります。芸名は、自分一代ものではなく長年続いてきたものを襲名するのがほとんどの世界。自分は借り物、大きな流れの中で自分がこの時代に請負ってやっているという感覚をみんな持っています。

歌舞伎を「国」に例えるなら、”愛国心”がものすごく強いタイプの人が多いのではないかと感じます。他の俳優さんと違う、歌舞伎役者ならでは振る舞いやたたずまいはそのようなところからきているのではないと考えます。

素っ裸でガツガツ食べた黒毛和牛ビーフカレー


【「僕の仕事の思い出は必ずといっていいほどカレーがセットです」と記している。2017年、「スーパー歌舞伎IIワンピース」の主役ルフィーを務めた。東京・新橋演舞場では昼公演と夜公演の間、食事時間は10分弱。ナイルレストランのムルギーランチをひたすら食べた。名古屋・御園座の時は「ココイチ」のカレー。大阪・松竹座の時は「インデアンカレー」……。「今まで一番、おいしかったカレー」は2020年12月、京都のホテルオークラで出会ったという】

京都の南座の夜の部に出演していたのですが、歌舞伎役者として踊り、伴奏音楽の唄方として清元で参加しました。僕のように役者と唄方の両方をやっている人がいないので、何かあった時に相談できる人はいません。そんな中でメインボーカルの部分を任せてもらい、非常にドキドキ、ヒリヒリする日々を過ごしていました。さらに、クリスマスにやる自主公演の準備が大変でした。

そして迎えた千穐楽。どこかに食べに出る時間がないので、ルームサービスで頼んだのが黒毛和牛ビーフカレー。高いけれどふんぱつ。美味しくて美味しくて、シャワーを浴びた後、素っ裸でガツガツ食べました。「頑張っている、俺って」としびれた瞬間。「もうこれしかないだろう」という感じでした。

この時の舞台では、やはり歌舞伎というのは歌と演技で成り立っていることを再認識しました。「歌舞伎」と書くように、音楽の重要性はすごく高い。だからこそ責任を感じます。お客さんは、踊っている役者を見ていますが、耳から入ってくる情報は音楽。まず聴覚、次に視覚という順番なのです。”耳心地”が良ければ、お客さんの乗りは違うし、役者の演技も変わってくる。わかりやすく言えば、演奏している人たちは「もてよう」と臨まないと張りが出ませんし、役者も「もてたい」と必死です。両者がぶつかりあうことでよい舞台ができる。お互い切磋琢磨して最高のものが出せてノッて来た時の感覚、言葉ではなく、目と目でわかりあう感じがあるんです。

二つの立場に身を置く僕は、その場の空気作りの達人になりたいと思っています。お互い切磋琢磨して最高のものが出せてノッて来た時の感覚、言葉ではなくわかりあう感じがあるんです。


演奏している人たちと役者、両者がぶつかりあうことでよい舞台ができる(撮影◎本社 奥西義和)


出版記念の限定品「華麗なるスプーン」を手に(撮影◎本社 奥西義和)

楽しんでいただくことを旨に


【右近さんがカレーにはまるきっかけとなり、今や人生をともにするパートナーと評する「ナイルレストラン」。同著には、三代目のナイル善己さんとの対談も収められている。対談で、「受け継ぐ使命」についてナイルさんは「時代によって少しずつアップデートしなきゃいけない」。これに対し、右近さんが「変わらない味だと言われる秘訣は、変えていくこと」との言葉を紹介する。右近さんは、伝統を受け継ぎ、次に伝えることについて自らの役割をどう考えているのか。】 

やはり楽しくやることだと思います。あまり深く考えずに……。厳しい修業を乗り超えた末のこの舞台、というのをお客さまは見に来られているわけではないでしょう。役者がとにかく歌舞伎が好きで愛しているところを、お客さまは楽しんでくださっていると思います。修行は大事ですが、歌舞伎は観て下さる方に楽しんでいただくためのものです。

伝統芸能というと、重厚で動けない世界とみられるのは嫌です。伝統をなんとか残そうと思っても、残らないものは残らない。終わるものは終わる。潔くそう思わないと、しみったれている。残る、残らないは、役者だけではどうにもなりません。お客さまと役者の「楽しい」の呼応の中で残るものは残るのではないでしょうか。

実は、めちゃくちゃ修行しているから格好いいのですが、それを見せちゃいけない。ちょっとふざけているぐらいがちょうどいい。だって歌舞伎、400年の歴史がある伝統芸能といっても、あくまでも娯楽なのだからと僕は思うんです。

神事ではないですし、スポーツとも違う。お客さまのためのものなのです。昨年亡くなられた市川猿翁さん(享年83)は「相撲と野球が一番嫌い」と言っておられたそうです。猿翁さんは、伝統的な歌舞伎に対し、エンターテイメント色が強いスーパー歌舞伎を始めた方です。「嫌い」というのは「相撲や野球はお客のためにやってないのでは」という疑問からです。例えば、甲子園野球はそこにかける高校球児の意気込みを見る価値があるというのは分かります。しかし、歌舞伎は自分の熱意を秘めながら、お客さまに楽しんでいただくことを旨にしなければならない。


華麗なるスプーン。出版記念の限定品で、右近さんが描いたオリジナル隈取イラストが入り。「神は細部に宿る。ひとすくいでルーとライスが絶妙のミニカレーが作れるよう計算されている」と右近さん。

カレーに添えられた福神漬を食べた時に…


【4月の歌舞伎座。昼の部「七福神」で右近さんは「大黒天」を務めた。「七福神」は、波間に現れた宝船に乗る七福神が天下泰平を祈念し舞い踊る演目。心によぎるのは?】

時を同じくして僕のカレー本が出たわけです。日本人にとってカレーと言えば、福神漬は欠かせません。カレーに添えられた福神漬を食べた時、「そうだ、『七福神』見に行こう」と思ってもらえたら嬉しい。すごいタイミング!カレー→福神漬→七福神の無限ループではないですか。

僕を通してカレーも歌舞伎も楽しんで下さい。


ご自身の著書『尾上右近 華麗(CURRY)なる花道』を手に(撮影◎本社 奥西義和)

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