吉行和子 42歳で映画『愛の亡霊』に出演して得た転機

5月13日(土)16時0分 NEWSポストセブン

女優・吉行和子が転機となった作品を語る

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、映画『家族はつらいよ2』で熟年離婚の危機を乗り越えた夫婦の妻を演じる吉行和子が、劇団民藝を辞めてアングラ系の芝居に加わり、42歳で大島渚監督の『愛の亡霊』出演に至るまでを語った言葉を紹介する。


 * * *

 吉行和子は1969年に劇団民藝を離れ、一転して唐十郎ら反体制のアングラ系の演劇人たちとの芝居に参加していく。


「民藝とまるで違うことを皆さんやっていました。観にいくと、凄く惹かれるものもありました。そんな時に早稲田小劇場の鈴木忠志さんから、唐十郎さんが書いた『少女仮面』という台本が送られてきて。その時に本当の扉が開いた気がしました。私の気持ちは止まらなくて、劇団に『辞めます』と言いました。そこから初めて、芝居が面白いと思えるようになったんです。


 劇団にいると、先輩たちから常に試験されているみたいなものですから、楽しいと思えることはありませんでした。一つ終わると何とかパスして、また次へ。民藝以外で何かするということを考えていませんでしたから、この劇団でちゃんとした役者にならなきゃということしか頭にありませんでした。いつも気持ちが窮屈だったんです。それが今度は何でもありの世界ですから。毎回刺激が凄かった。


 劇場もそうです。今までは大きい劇場できっちり稽古した芝居を観ていただく、というのがあったのですが、今度は劇場が小さい。それだけで興奮しちゃうんですよね。今までは『お客さんがじっと観ている。だから、ちゃんとやらなきゃ』みたいな、客席との隔たりを感じていたのが、近くで一緒にやっていると思えるようになりました。それに乗っかって、何か自分の力じゃないものも出ちゃうんです。お客さんと一緒に芝居を作る、そういう面白さがあると知りました。それで段々と『私はこんなに面白い仕事をやっている』と思えるようになったんです」


 1978年には大島渚監督の映画『愛の亡霊』に出演、女の情念を見事に演じ切っている。


「当時の映画は、三十歳を過ぎると面白い役が来なくなっちゃうんですよね。どんな映画に出たかも思い出せない役ばかり。


 もうダメかなと思っていると、四十二歳の時に大島さんから話をいただきました。『愛のコリーダ』の後の作品でしたから、事務所は躊躇していましたが、台本を読んだら凄く面白くて。ここに女がいる──まずそう思えました。こういう役を四十過ぎたらやりたいと思っていた、まさにそんな役でした。


 周りは心配しました。これでコケたら復帰できない、と。でも、どうしてもやりたかった。一か八か。ダメならダメでいいって。やりたいことが見つかったら、周りはどうでもいいってなっちゃう性格なんです。


 これは後で監督から笑い話として聞いたのですが、大島監督が私のセリフに『それは新劇みたいだね』と言った時、私が凄い顔で睨みつけたんですって。私は覚えていないのですが。私としては、民藝にいたのは過去のことで、新劇芝居とは決別して十年も経っていましたから。映画や音楽の人とやると私が今まで経験してきた受け答えと違うタイミングや言い方で返ってくるのが新鮮で、違う自分に生まれ変わるのを感じていました。


 それなのに、新劇の芝居に戻ったと指摘されたのが、ショックだったんだと思います」


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。


◆撮影/藤岡雅樹


※週刊ポスト2017年5月19日号

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