表現の自由か、風評被害か…『美味しんぼ』騒動の根幹にある“フィクションの境界線”

5月14日(水)17時0分 メンズサイゾー

 「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)連載の人気漫画『美味しんぼ』の描写をめぐる騒動が波紋を広げ続けている。福島第一原発を訪れた主人公・山岡士郎らが原因不明の鼻血を出すといった描写が風評被害につながるとして問題視され、自治体が発行元の小学館に抗議しており、国会議員が言及するほどの事態に発展している。その一方、作者の主張を政治的圧力で封殺しかねない状況に“表現の自由”が脅かされるのではないかとの危惧もあり、著名人や政治家を巻き込んだカンカンガクガクの状態になっている。


 同作は「福島の真実編」と題したシリーズに突入しており、前述の鼻血の描写や本人役で登場する前福島県双葉町長・井戸川克隆氏が「福島に鼻血が出たり、ひどい疲労感で苦しむ人が大勢いるのは被ばくしたからですよ」「今の福島に住んではいけないと言いたい」と語る描写などが物議を醸している。


 同作の描写について、福島県の佐藤雄平知事は「風評被害を助長するような印象で極めて残念」と批判。さらに環境相の石原伸晃氏が「まったく理解できない」と不快感をあらわにし、文科相の下村博文氏も「科学的知見に基づいて伝えることが重要だ」と発言した。これらの批判に対し、井戸川前町長が「私が鼻血を出すことが犯罪とでも言うのか」「人権侵害だ」と噛みつき返すなど、収拾不可能な大騒動に。また、震災がれきを処理した大阪の焼却場の近くで眼などに不快な症状を訴える人が相次いでいるとの描写もあり、これに対しても大阪府と大阪市が「事実ではない」として小学館に抗議文を送っている。


 その一方、表現の自由の観点から同作を擁護する著名人の声も上がり始めている。

 ダウンタウン松本人志は、11日放送のニュースバラエティー番組『ワイドナショー』(フジテレビ系)で美味しんぼ騒動が取り上げられた際に「作品はみんなで作るものではなく作者のもの」とコメント。さらに「外部の人間がストーリーを変えろとかいうのは、ちゃんちゃらおかしな話なんですよ」と内容に外部が介入しようとしている現状に疑問を呈し、続けて「これに関しては漫画家さんが神、映画に関しては映画監督が神なんですよ。周りがごちょごちょ言って変えろとか言うのは神への冒とく」と言い切った。


 また、タレントの伊集院光は12日放送された自身のラジオ番組で「これを変な風に盛り上げていって、コミック規制みたいのに入るのが嫌なんですよ」と過剰規制になることを危惧。「政治の人たちがいろんな発言をしていく中で、変な盛り上がり方をすると、漫画で言っていいことの話になりかねない」と不安を吐露し、さらに「潜在的にみんなが不安なんだって思うことに関して、漫画に何か言うよりは、政治の人たちはそっちを取り除くにはどうしたらいいんだっていう方をする仕事でしょ。ああいう漫画が出ることが遺憾だって話になっちゃうと…」と至極真っ当な政治家批判を展開した。


 脳科学者の茂木健一郎氏は、13日に自身のTwitterで「一つの漫画の中で、福島の原発事故についてある見解が述べられたからと言って、右往左往する社会の方が問題」とツイートし、読み手のリテラシーに基づいて判断すべきだと主張。さらに、他にも放射能被害などを指摘する作品や言論はあるはずだといい「さまざまな主張が並立するのが民主主義社会というもので、『美味しんぼ』を特別視する理由が私にはわからない」と、とりわけ『美味しんぼ』だけにバッシングが集中している状況に疑問を投げかけた。


 まさに賛否両論といったところだが、この騒動をややこしくしているのは同作が「フィクションか、ノンフィクションか」という問題だ。


 当然ながら、山岡や海原雄山をはじめとする登場人物はモデルがいる場合はあるにせよ架空の存在であり、まぎれもなくフィクションのはずだった。フィクションであれば、その中でどのような主張がなされようが基本的に「表現の自由」であり、個人の名誉を傷つけるようなものでない限り、それを批判するのはフィクションの創造性に一方的な制限を掛けることになってしまう。明らかなフィクションであれば、政治家や自治体の介入は大問題であり、表現の自由を守るためにも同作を擁護したくなる気持ちは十分に理解できる。

 だが同時に、同作は独自取材などを基に自然食品や本物のグルメなどの知識を盛り込んで人気を博した側面がある。さらに「福島の真実編」は連載開始時に『1年に渡る取材で見た、3・11以後の福島県の記録』とのキャッチコピーがつき、現実と密接にリンクしていることを強くにおわせていた。さらには前述の井戸川氏ら実在の人物も登場したことで、フィクションではなく「現実」と受け止められかねない要素がそろってしまった。ましてや、原作者の雁屋哲氏は「自分が福島を2年かけて取材をして、しっかりとすくい取った真実をありのままに書いた」と主張している。無論、同作及び連載誌は報道機関ではないため、科学的な検証をしなければ何も主張できないというのは暴論といえるが、もし同作にノンフィクションの要素があるなら「個人の主観」でデリケートな問題を描くべきではなく相応の根拠が求められる。約20万部の発行部数を誇る人気マンガ誌で連載となればなおさらだ。


 実際、地元テレビ局の報道によると福島市・飯坂温泉の関係者が「美味しんぼの表現を気にした保護者の反対で、県外の学校の団体客数百人が宿泊をキャンセルした」と証言しており、その影響は少なからず出ている。これは保護者のリテラシー問題もあるが、風評被害の一つと見られても仕方ない部分はあるだろう。


 『美味しんぼ』は原作者の雁屋氏の強烈な個性と迫力ある主張で人気を得た面が大きいが、そのワンマンぶりが暴走し、是非は別にしても「フィクションの境界線から大きくはみ出てしまった」ことが今回の騒動につながったといえそうだ。
(文=佐藤勇馬/Yellow Tear Drops)

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