「平成維新」掲げた大前研一氏が提案する「令和維新」の中身

5月16日(木)7時0分 NEWSポストセブン

この国の未来はどうなる?

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 マレーシアや台湾の国家アドバイザーも務めた経営コンサルタントの大前研一氏は、かつて「平成維新」の構想を打ち出し、日本を蘇らせる数々の政策を提案した。それから30年余──ついに維新は実現しないまま、平成は幕を閉じた。いよいよ始まる「令和」の時代、日本はどう変わるべきか? 大前氏が「令和維新」のあり方を提言する。


 * * *

 私は平成元年(1989年)に上梓した『平成維新』(講談社)で、21世紀の国家運営は、まず道州制という新しい広域統治機構を導入すべきだと提言した。しかし、道州制の論議は出ては消えを繰り返して迷走し、結局、何も変わっていない。


 かつてこの国には、田中角栄という偉大な政治家がいた。戦後日本は「入るを量りて出ずるを制す」の均衡財政で国債を発行せずにやってきた。ところが田中は、人口ボーナスのある成長期に国家をどう発展させるかと考え、蔵相になった時に「使うほうを先に考えろ」「足りない分は国債を発行して将来から借金すればいいんだ」と号令をかけたという。友人の元大蔵官僚は当時を振り返って「まさに青天の霹靂。空の色があの日変わった」と言っていた。コペルニクス的転回ならぬ“田中角栄的転回”である。


 実際には、田中の次に蔵相になった福田赳夫が、東京オリンピック後の不況で戦後初の国債発行を余儀なくされたが、田中は首相に就任すると持論通りに国債発行額を一気に増やし、日本全国津々浦々のインフラを整備して「国土の均衡ある発展」を推進したのである。それは間違っていなかったと思う。


 しかし、その後の自民党政治は単に田中の延長線上で、彼のやり方を踏襲してきただけである。とっくの昔に成長期は終わって今や人口オーナス(負担)の成熟期になっているのに、いつまでも「国土の均衡ある発展」にこだわり、「ふるさと創生」「地方創生」を唱えて税金の無駄遣いを続けている。


 もし、いま田中角栄が政治を動かしていたら、安倍首相の無策を嘆き、平成時代の「空の色を変える」ような政策を断行したに違いない。すなわち、発想を完全に逆転し、地方への交付金や補助金のバラ撒きをストップして、成熟期にふさわしい真の地方自治=道州制を目指したのではないだろうか。言い換えれば、中央集権から真の地方自治への組織運営体制の大転換である。


 いま世界で繁栄しているのは国単位ではない。メガシティ、メガリージョンである。したがって、日本は国土の均衡ある発展や総花的な地方創生を目指すのではなく、まずメガシティの東京をもっと自由にして、東京一極集中をさらに加速させるべきである。その一方で、地方に世界中からヒト、モノ、企業、カネ、情報を呼び込むために、道州制を導入して、都道府県を人口1000万人くらいの組織運営単位に造り替え、自治権を与えていく。


 たとえば「関西道」は、陸路でも片道3時間以内で移動できるコンパクトな地域にカナダと同規模のGDPを有する経済圏となるし、博多から鹿児島まで新幹線で1時間半の九州は、すでにインバウンド需要を取り込んでメガリージョンとして成長する絶好の条件を備えている。北海道や四国は、自治権を与えればその地域的な特性に合わせてデンマークやスイス、ニュージーランドなどをモデルにした「クオリティ国家」(*)を目指して蘇ることができるはずだ。


【*:大前氏が提唱している新国家モデル。人口が300万〜1000万人、1人あたりGDPが400万円以上で、世界の繁栄をうまく取り込んでいる。典型は、スイス、デンマーク、シンガポール、フィンランドなど】


 結局、これから日本が繁栄するためには、私が平成元年に提案した「平成維新」を、そっくりそのまま令和時代の政策に移植すればよいのである。それが「令和維新」となるのだ。


 無論、すでにそれから30年以上が過ぎ、その間、無策を続けてきた傷は深い。日本は莫大な借金を年々さらに積み増して国全体が衰え、国家運営のパラダイムを転換する大改革に着手することは、ますます難しくなってきている。


 それでも、コモンデータベースで行政コストを半減し、道州制で中央集権を終わらせて自治体ごとに世界から繁栄を呼び込む—という2点に集中した「令和維新」を実行せずにいたら、もうこの国はもたない。平成30年間の延長線で破綻への道をじわじわと、しかし確実に進むだけである。


※週刊ポスト2019年5月17・24日号

NEWSポストセブン

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