伊東四朗の言葉 「喜劇の中には全て入っている」

5月17日(金)16時0分 NEWSポストセブン

伊東四朗は喜劇で何を学んだ?

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優・伊東四朗が、ベンジャミン伊東として電線音頭を歌い踊りお茶の間の人気者となり、世間の顰蹙を買いながら、役者としてのキャリアを重ねていった時代について語った言葉をお届けする。


 * * *

 伊東四朗はコントトリオ「てんぷくトリオ」を経て、一九七〇年代あたりから喜劇だけでなくテレビドラマや映画などでシリアスな芝居もするようになる。


「『みごろ! たべごろ! 笑いごろ!』なんていう番組でベンジャミン伊東というキャラクターになって電線音頭をやって世の中の顰蹙を買っている時に、テレビマンユニオンの今野勉さんから話が来ました。『望郷・日本最初の第九交響曲』というドラマで、第一次世界大戦時の徳島にあったドイツ兵の捕虜収容所の話でした。しかも主役という。


 こういうドラマに電線音頭のベンジャミンが出るのはデメリットですから、今野さんは知らないんじゃないかと思ったんです。それで『実は私、こんなことをやっていて、それでもよろしいんでしょうか』と言ったら『それがどうしました? 話を続けます』と。驚きましたね。


 それ以降もそういうことが多かった。結局、表に出ているのと別のところで見てくれているんだな、と。こういうのは役者として嬉しいことだと思いながら、ずっとやってきました」


 喜劇をバックボーンにしてきたことで、シリアスな芝居にも対応できていると振り返る。


「喜劇の中に全て入っていると思うんです。喜劇には変な奴ばかり出ているわけではないですから。たとえば『男はつらいよ』でも、寅さんは不思議の人でも周りの人はまともなんですよ。そして、まともな人はまともな芝居をしなきゃならない。主役のおかしい人と一緒になって周りもふざけていたら、面白くないんです。噛み合わないから面白い。ですから、喜劇をやるとなんでもできるようになる。大真面目な役もあれば動物の役もある。それが喜劇ですから。


 若い人も最初は喜劇からやったらどうかと思うほどです」


 一九七〇年『時間ですよ』、一九七七年『ムー』と、TBSの久世光彦演出のコメディドラマにも何度も出演している。


「私は久世さんに好かれてなかった様に思うんです。好きじゃない役者にこういうことをやらせてみたい、という屈折したものがあるのかな。それもまたいいんじゃないかと思いました。好きじゃない役者の方が演出しやすい。相手の側に立ってみると、好きな人にはやりたいことをやらせちゃうけど、嫌だなという奴には言いたいことが言えますからね。


 久世さんは作品に入る前から厳しい注文をつけてくる。変な役をやらせておいて『これ、お客が一人でも笑ったら失敗だからね』って。そういう注文。演出をしていても、なかなか『うん』って言わない。『宿題。考えてきて』と突き放す。それも、無理難題を。黒電話で電話していて、話が終わったら受話器を3メートル程先に投げて元の場所に入れろとか、芝居じゃないことでした。


 それは戦術なんでしょう。何万回やってもできることじゃないんです。ようするに、家に帰ってもこの作品から一歩も離れるなということなんでしょう。


 ど素人が入れてもらったんだから文句を言う筋合いじゃないと思ってやっていました」


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。


■撮影:藤岡雅樹


※週刊ポスト2019年5月17・24日号

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