ヤンキース復権の陰に松井秀喜氏の“育成”手腕あり

5月18日(金)11時0分 文春オンライン

 金にものを言わせて米大リーグでフリーエージェント(FA)選手をかき集め「悪の帝国」とまで呼ばれた。そんなニューヨーク・ヤンキースに、ここ数年変化が起きている。先発ラインアップには昨季のア・リーグ本塁打王、アーロン・ジャッジら生え抜きの選手が並び、2年連続のプレーオフ進出に向け順調に勝ち星を重ねている。


 選手供給を支えるのは、ルーキーリーグから1A、2A、最高レベルの3Aまであるマイナー組織だ。躍進の陰には、ゼネラルマネジャー(GM)特別アドバイザーとして巡回コーチを務める松井秀喜氏の存在がある。



ヤンキースでGM特別アドバイザーを務める松井氏 ©Kotaro Ohashi


「いい意味で驚きの連続です」


 松井氏は巡回コーチ4年目となる今季、3Aスクラントンを中心に活動する。ニューヨーク市から北西に約200キロ。ペンシルベニア州の山間部にある町が、メジャー昇格を目前にした精鋭の集まる松井氏の職場だ。「若い選手というのはすごい。驚きの連続。去年からいい意味で驚きの連続です」と話す。


 昨季はアーロン・ジャッジが、新人の大リーグ記録となる52本塁打を放って新人王に選出された。正捕手となったゲーリー・サンチェスは33本塁打。8月末に昇格したグレグ・バードはプレーオフで3本塁打を記録して一躍注目を浴びた。いずれもヤンキース傘下のマイナーでプロの第一歩を踏み出し、育った選手だ。


 マイナーで3人を指導した松井氏は「ジャッジが“うまくいけばこのくらい”というところまでいったのなら、サンチェスは期待よりももっと上にいった感じ。予想以上だった」と振り返る。指導内容については「本人たちがどう受け取って料理しているかは分からないが、『これが一番いいと思うよ』ということは伝える」と多くを語らないが、ジャッジは軸足の使い方を指導されたことを共同通信の取材に明かし、「良い点も課題も教えてくれた。当時のアドバイスが今に生きている」と話している。



 今季の驚きは23歳の三塁手ミゲル・エンドゥハーだ。故障者リスト入りしたブランドン・ドゥルーリーに代わって先発出場を始めると、4月13日から7試合連続で長打を記録するなど、打撃開眼。4月の12二塁打はリーグ最多だった。松井氏は2Aトレントンで指導し始めた2016年当時を思い返すように「最初は長打なんて見たことがなかった。守備では確かに素晴らしいものを持っていたし、体に備わっているスピードや力は感じた。それがスイングに生かされるようになったのだろうと」と成長を喜ぶ。


 5月1日から8連勝した際のヤンキースの出場選手を見てみると、4試合で5人以上の生え抜き選手が先発メンバーに名を連ねている。好調の要因は育成の成功だと言ってもいい。



次世代の「コア・フォー」育成が仕事



 2002年12月、レッドソックスの球団社長だったラリー・ルキーノ氏は、ヤンキースを「悪の帝国」と批判した。当時のヤンキースはキューバ人のホセ・コントレラス投手と大型契約を結び、巨人からFAとなった松井の獲得も目前だった。前年にはジェーソン・ジアンビとサインしており、翌年以降もアレックス・ロドリゲス、ゲーリー・シェフィールドら大物選手を次々と獲得した。


 ただ、強豪の土台となっていたのは「コア・フォー」と呼ばれたデレク・ジーターら生え抜きの4選手だった。ジーターは2014年限りで引退。核を失ったチームにコア・フォーに代わる中心メンバーを作ることが球団としての急務で、その任を担ったのが2015年に育成部長となったゲーリー・デンボ氏だった。日本ハムで打撃コーチを務めたこともあるデンボ氏は、ヤンキース傘下のマイナーのコーチとしてジーターやホルヘ・ポサダを指導。技術だけにとどまらない育成手腕が評価されていた。


 松井氏は引退直後の2013年にフロント入りを打診されたが、「自分がヤンキースという組織の力になれる唯一の仕事は打撃指導」と現場での仕事を希望し、練習の補助役としてマイナーを回っていた。2015年、育成部長となったデンボ氏の推薦もあり、GM特別アドバイザーの肩書で巡回コーチの仕事を始めた。


「どの選手をキープしたい?」


 ヤンキースは1Aから3Aまで計5チームを保有する。加えてルーキーリーグのチームをバージニア州とフロリダ州、ドミニカ共和国にも抱える。傘下のマイナーで約300人が大リーグを目指して野球に打ち込んでいるのだ。これまで松井氏が主に指導してきたのはニューヨーク周辺に位置する3Aスクラントンと2Aトレントン(ニュージャージー州)、1Aスタテンアイランド(ニューヨーク州)で、時にはサウスカロライナ州やフロリダ州の1Aチームまで足を運ぶ。


 3A、2Aでは監督とともにユニホーム姿でベンチ入りすることが多い。


「試合では投手に対するアプローチの話になる。英語では毎日苦労している。伝えたいことを伝え切れない。アメリカにいる以上永遠のテーマ」と松井氏は限られた時間で的確な指示を求められる難しさを口にする。



 現在は指導に加えて編成にも関わっている。球団は毎年40人をドラフト会議で指名し、30人前後とサインする。ドラフト対象外のドミニカ共和国やベネズエラからも絶えず新戦力が送り込まれてくる。選手を増やし続けるわけにはいかず、入ってくる人数だけ放出することになる。他球団から戦力外となった選手の獲得に動くときも、同時に誰を切るかを決めなければならない。


「『ヒデキだったら、どの選手をキープしたい?』とキャッシュマンGMに判断を求められる。そういう判断は選手を定期的に見ていないとできない。そこには責任が伴う。自分にとって貴重な経験をしている」と緊張感を持って選手のプレーに目を注いでいる。



「いい選手ほど残らない」のが悩み


 マイナー選手は活躍するほど他球団の目につき「いい選手ほど残らないという矛盾もある」のが悩みだ。だが逆に松井氏が「ラッキーだった」と話す移籍もあった。2016年7月にカブスから加わった内野手のグレイバー・トレスだ。抑えのアロルディス・チャプマンを出した1対4のトレードで獲得した4人のうちの1人だった。30球団一の有望株として知られていたが、抑え投手が必要だったカブスはトレードの条件をのんだ。チャプマンはシーズン後にFAとなり、ヤンキースと再契約。ヤンキースにとっては、3カ月のレンタルで宝を手にしたようなものだ。


 松井氏はトレスの攻守のセンスについて「メジャーに上がる選手だと誰が見ても分かる。昇格は時期だけの問題だった」と話す。トレスは今年4月22日に大リーグでデビューすると、すぐに順応して正二塁手に収まり、5月6日のインディアンス戦でサヨナラ3ランを放つなど期待通りに打ちまくっている。



「選手の中に入り込んでバットを振る」


「指摘することと、変わるように導いてやることは全く別で、両方やって初めて指導者と言える」と松井氏はコーチングの信条を口にする。練習中はひたすら打撃を見つめ「選手の中に入り込んでバットを振る」と選手に同化する。指導を始めるのは「どのような考えでそのバッティングをしているのか」と選手の頭の中までのぞき込んでからだ。


 指導力への評価は年とともに高まっている。3Aスクラントンのボビー・ミッチェル監督は、昨季まで2Aトレントンの監督として松井氏のコーチぶりを見てきた。「マツイの存在は選手にとって大きい。組織に必要な人間だ」と力説する。


 今季は松井氏の周囲に変化があった。昨季まで3年間、育成部門を統括したデンボ氏がマーリンズのオーナーとなったジーター氏に引き抜かれ、マーリンズの育成部長となった。育成はそれだけ重視される部門で、松井氏の今後が注目される。



 もちろん日本球界も松井氏を放ってはおかないだろう。待望論があることは、本人も当然分かっている。2月には巨人の宮崎キャンプで1週間臨時コーチを務めた。そこで時間を割いて指導した小林誠司岡本和真が開幕から打撃好調で、巨人の幹部はあらためて指導力を認めたはずだ。


 松井氏は「経験を日本球界にどういう形で返すのか。それも考えなくてはいけない」と話すが、一方で「今後のはっきりしたプランは持っていない」と将来については語ろうとしない。明言するのは「今はヤンキースでの仕事に集中して組織の力にならなくてはいけない」ということだ。


 ヤンキースのブライアン・キャッシュマンGMの長期戦略は実を結んでいる。ジャッジ、サンチェス、トレスという核を得たチームは、再び「悪の帝国」となってFA市場で必要なピースをそろえ、黄金期の建設を図るに違いない。その戦略の中で、松井氏が担う役割は何なのか。


 引退後にこれほど深く大リーグの球団と関わって仕事をした日本選手はこれまでいないはずだ。日本で監督となって経験を生かすなら、もちろん日本球界への貢献になる。ただそれは同時に日本球界にとって、米球界で地歩を固めるパイオニアを失うことでもある。唯一の存在として米国にとどまるのもまた、日本球界への貢献と言えるのではないか。



(神田 洋)

文春オンライン

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