脇役たちも生き残りに必死 鎌倉幕府とは何だったのか

5月18日(土)17時0分 文春オンライン

 世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。


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『炎環』(永井路子 著)


 筆者が少年の頃は「一一九二(いいくに)作ろう鎌倉幕府」という語呂合わせで憶えたものだが、最近は鎌倉幕府成立の年は一一八五年説が有力なようだ。第五十二回直木賞受賞作で、NHK大河ドラマ『草燃える』の原作のひとつでもある永井路子『炎環』は、その鎌倉幕府創設に関わる人間模様を描いている。


 本書は主人公を異にする四つの物語から成っているが、最終話の北条義時以外の主人公は歴史の脇役と言っていい人物であり、頼朝・頼家・実朝と続く源氏三代の将軍たちも悲運の英雄・義経も彼らの視点から描かれる。頼朝の異母弟・全成(ぜんじょう)の、影のように目立たぬ生き方に隠された野心。頼朝の意向を忖度し続け、憎まれ役としての立場を担った梶原景時の悲劇。全成に嫁いだ保子の、姉・政子との他人からは見えない陰険な心理戦。そして、若い頃からいつもいるべき場にいないと評され続けた義時が、ついに東国の王者となるまでのしたたかな道程。


 彼ら以外にも、決して本心を覗かせない頼朝、毅然とした立ち居振る舞いに脆さを秘めた政子、浅慮な性格だが意外と鋭い観察眼も持ち合わせた頼家といった、印象的なキャラクターが続々と登場する。見せかけと本心が大きく異なる彼らは、永井の現代的な心理描写によって、今ここにいる人物であるかのように活写される。歴史を大きく動かした偉人も、教科書には登場しない脇役も、ひとりひとりが愛し、憎み、権謀術数をめぐらせ、生き残りに必死だったことが伝わってくる物語だ。そこから、彼らが夢と野望を託した鎌倉幕府とは何だったのかが、多角的に見えてくる仕組みになっているのである。






炎環 Kindle版


永井路子


文藝春秋


2012年6月10日発売







(徹夜本研究会/週刊文春 2019年5月23日号)

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