レコーディング機材が進化したせいでビートルズが解散したという話【ロックのウラ教科書 Part.2】

5月18日(金)11時30分 耳マン

名盤のレコーディング現場で起きたさまざまな事件の真相を探る連載企画。現在のレコーディングと言えば、ハードディスクによるデジタル録音。自宅録音でもほぼ無限のトラックス数を使えますが、1960年代はせいぜい4トラックや8トラックといったところ。レコーディング機材の進化があのバンドの解散にも影響したのです。

『サージェント・ペパーズ〜』は4トラックのレコーダーで録音していた

ザ・ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』はフィル・スペクターの音響世界を下敷きにして、それを多重録音で作り上げたようなサウンドになっていますが、このときのトラック数が8。ただし、4トラックのレコーダーも同時に稼働していて、4トラックに録ったものをミキサーでまとめて、8トラックのレコーダーの2トラック分に録音していたそうで、実質は10トラックが使えるシステムだったようです。このように録音済みの音をまとめて別なトラックに流し込み、トラック数を増やす手法をピンポン録音と言います。卓球のラリーのように、ピンポン球があちこちのトラックを行き来するような録音方法ということなんでしょう。

ビートルズは、1967年の『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の時点ですら4トラックしかないレコーダーを使っていました。アメリカに比べてイギリスは、機材ではかなり遅れをとっていたようです。当然ながら、あのような複雑なアルバム制作にはまるで足りないので、このときにはピンポン録音や2台のレコーダーを同時に回して対処したそうです。このアルバムのトーンが少しくぐもった感じがするのは、ピンポン録音をしたせいで、テープからテープへと何度も録音を繰り返しダビングしたのと同じような劣化が起こっているからです。テープに憧れてレコーディングしたバンドが、音がクリア過ぎてこれじゃデジタルと変わらないとがっかりした話を良く聞きますが、ノーマルに録るとテープもなかなかハイファイな音。失望する人はおそらく、こういうピンポンを繰り返したようなローファイさや、真空管の機材を使ったようなトーンを求めているのだと思います。

話をテープに戻しますと、4トラックだったレコーダーが8トラックになったのが『ザ・ビートルズ(通称:ホワイト・アルバム)』の最中。個別に録音できるトラックが増えたことで、それまでと似通ったテイストながら、かなりクリアに分離した音になっているのがわかると思います。音色だけではなく、トラックが増えたことで劇的に制作システムに変化が訪れました。

最後にベースを入れたかったポール、トラック数が増えたことでメンバーが離れた?

MTRが4トラックのときの各トラックの内訳は、①ドラムとベース、②ギターや鍵盤、③コーラスやSE、④メインボーカルと、だいたいこんな感じになっていたと思います。基本はバンドで「せーの!」で演奏して多少の肉付けをあとからする流れを念頭に置いてアルバム制作をしていたと思います。『サージェント・ペパーズ〜』辺りからは同時に2台を回していたので、あとからオーバーダビングするのも可能で、実際にポール・マッカートニーは楽曲に合った複雑なベースラインを作るために、全部入れ終わったあとに、隙間を縫うような形で録音していたという話があるからです。

とはいえ、それはイレギュラーなやり方だと、本人も思いながらやっていたことでしょう。それがトラック数が8に拡張されると、途端に事情が変わり、それだけトラックに余裕があれば、全員がその場に揃わなくても、バラバラに録っておいてあとでミックスすれば良いし、なんならほかのメンバーがいなくても1人で全楽器を演奏すればアルバムができてしまいます。特にポールは『サージェント・ペパーズ〜』を録音したのと同型のMTR、スチューダーJ37を自宅に導入し、宅録でソロアルバムを仕上げたりしていたので、その思いは強かったことでしょう。メンバー間の不和で解散したのはもちろんそうなんでしょうが、トラック数が増えなければ現実的に一緒にやる以外選択肢はなかったので、もう少し長く続いたのではと思ってしまいます。MTRの進化とともに先端の音楽を作ってきた彼らの、解散の引き金の一つにトラック数の増加があると思うと、なんだか皮肉な話ですね。

イラスト:福島モンタ

この話が収録された『名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書』5月25日発売!

著・中村公輔

レコーディングがわかると、ロックがもっと見えてくる! バスドラムに穴を開けるようになったのはビートルズの無茶振りのせい!? スティーリー・ダンのドラムは生演奏ではなく本当は打ち込みだった!? 歪んだギターが誕生したのは壊れたアンプを新聞紙で応急処置したから!? 録音機材の進化と、破天荒なエンジニアが生み出したブレイクスルーを詳細に解説。『ザ・ビートルズ』ザ・ビートルズ、『ベガーズ・バンケット』ローリング・ストーンズ、『ペット・サウンズ』ビーチ・ボーイズ、『メタル・ジャスティス』メタリカ、『エイジャ』スティーリー・ダン、『ナイト・フライ』ドラルド・フェイゲン、『パレード』プリンス、『L.A.ウーマン』ドアーズ、『ラヴレス』マイ・ブラッディ・バレンタインなどなど、絶対の名盤が多数登場! ロックをより深く聴くための、リスナー向け録音マニュアル。5月25日に発売。全288ページ、1600円+税。ロックのウラを知りたいあたなのための1冊です!

◎なかむらこうすけ
1974年生まれ。1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMile Plateauxよりデビュー。その後、自身のソロプロジェクトKangarooPaw のアルバム制作途中にずぶずぶと宅録にハマリ、気づいたらエンジニアに。近年に手がけたアーティストは、入江陽、宇宙ネコ子、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、ルルルルズなど。プロデューサー、作曲家、音楽ライターとしても活躍中。

[耳マン編集部]

耳マン

「解散」をもっと詳しく

「解散」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ