「ヤングマン」製造工場のミカン箱で歌った 秘話

5月18日(金)7時56分 日刊スポーツ

西城秀樹さんの元マネジャーで、代表曲「YOUNG MAN」の日本語訳詞を手掛けた天下井隆二氏(撮影・近藤由美子)

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 歌手西城秀樹さん(享年63)の訃報が明らかになった17日、元マネジャーで代表曲「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」(79年)の日本語詞を手掛けた天下井(あまがい)隆二さん(66)が、同曲の誕生秘話や秀樹さんの飾らない人柄を明かした。
 天下井さんは1974年に秀樹さんのマネジャーに就任。83年に独立した際も行動を共にし99年まで支え続けた。
 79年正月コンサートの打ち合わせで、「YOUNG MAN」の原曲で、米ポップスグループ「ヴィレッジ・ピープル」の「Y.M.C.A.」をアンコールで披露する話が浮上した。秀樹さんも「これ、やろうよ」と乗り気で、日本語詞を手掛けた経験がある天下井さんが日本語詞を頼まれたという。「楽しさを心掛けましたね。時間がなく、スタジオの屋上で1時間で書き上げました」。
 正月コンサートのアンコールで盛り上がり、急きょレコード化が決定。秀樹さんはヒットに自信を持っていたという。生産が間に合わず、神奈川県海老名市の工場に出向き、従業員50〜60人が集まる中、秀樹さんが「残業になりますが、お願いいたします」と頭を下げた。ミカン箱に乗って「YOUNG MAN」を歌うと、従業員も「頑張るよ!」と張り切ったという。だが、苦労もあった。原曲が同性愛者の歌だけに、最初、天下井さんの元に「私の秀樹にオカマの曲を歌わせるなんて」と、熱狂的なファンからカミソリ入りの脅迫状も届いたという。
 秀樹さんの人柄を「明朗快活。気さくな人でした」と振り返った。ある音楽番組で歌手の若手マネジャーが衣装を忘れ、こっぴどく怒られた後、そっと「頑張れよ」と励ましていたという。「誰に対しても態度を変えず、接していました。相談役みたいなところもありましたね」。石原裕次郎さんや美空ひばりさんにかわいがられる一方、近藤真彦薬丸裕英、石川秀美、河合奈保子らの相談にも乗っていたという。
 歌詞を徹夜で覚えるなど、仕事にストイックだった。モテたが、交際相手にいちずで、浮気するようなことはなかったという。また、子供好きで、「バーモントカレー」のCM撮影現場では、出演した子供たちの楽屋に行き、遊んであげていたという。
 天下井さんには1つ心残りがある。「(87年NHK大河ドラマ)『独眼竜政宗』の主演のオファーが来たんですよ。でも独立したばかりだったから、会社がつぶれてしまうとお断りしたんです。(秀樹さんも)納得していたのですが…。借金してでも受ければ良かったと思っています」と、残念そうに振り返った。

日刊スポーツ

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