西城秀樹さんの番記者が見た「独身時代のヒデキ」と「家庭を持った秀樹さん」

5月18日(金)16時30分 週刊女性PRIME

2001年に発売した西城秀樹写真集『H45』(撮影/宮澤正明)

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 西城秀樹さんが16日午後11時53分、急性心不全のため横浜市内の病院で死去した。63歳という若さだった。

 そんな西城さんが、45歳のときに芸能生活30周年を記念して発売した写真集がある。その名も『H45』。ハワイ島ロケで衝撃のヌードを披露した。その撮影に同行し、病に倒れても取材をし続けた週刊女性の “ヒデキ番記者” が語る「秀樹さんの素顔」とはーー

■  ■  ■

 西城秀樹さんと初めて間近に接したのは2000年の秋。週刊女性で男性ヌードのグラビアを掲載しようということになり、白羽の矢が立ったのが当時45歳の男盛りを迎えていた秀樹さんだった。「怒られるだろうか?」と不安もあったが、快くカメラの前に立ってくれた。

 懐かしく思い出されるのは、スタジオでのフォトセッションの後、当時、川崎市にあった自宅に招かれプライベートなスペースも撮影させてくれたこと。

 もうとっぷり日も暮れていたが、間接照明やキャンドルの灯りの中に趣味のいい調度品、絵画、壺、バリ島の民芸品などが浮かび上がり、ちょっとした美術館のよう。

 広いリビングの床は大理石で、まさに「独身貴族の館」といった趣だった。ベルギー産だったかドイツ産だったか、コルク栓がしてある舶来のビールを「おいしいよ」とふるまってくれた。

 かと思えば、その後、連れていってくれた行きつけのお店は、本当に普通の食堂だった。地元に馴染み、愛し愛されているのがわかった。そこでもビールを飲み、串カツを食べ、よく響く声で笑った。



■キャッチコピーは秀樹さんのアイディア



 写真集の撮影で、ハワイ島にも行った。

 ホテルのスイートルームで泡まみれのバスタブにつかり葉巻をくゆらす「いかにも」なショットでは、ギャランドゥが全開! 



 溶岩がゴロゴロ転がっている高原でのロケ撮をしたとき、とがった溶岩に手をついて指を切り出血するアクシデントもあったが、撮影用に使う白いパーマセルテープで傷をグルグル巻きにして乗り切った。

 驚いたのは帰国して3週間ほどして、突然、婚約を発表したこと。お相手の美紀さんは17歳下で、建築関係のお仕事だという。まったくノーマークだった。

 2001年3月、デビュー30周年記念コンサートに合わせて発売した写真集『H45』には「独身最後の大ジャンプ!」とコピーがつけられた。これは秀樹さんのアイディアだった。

 脳梗塞を乗り越え、NHKの朝ドラ『つばさ』(2009年)に出演していたころの取材も忘れられない……。54歳になっていたが、本当に明るくエネルギッシュで、40代のころよりもさらに輝きを増して見えた。

 秀樹さんが病気を患って気づいたのは「普通の暮らしの素晴らしさ」だという。「水が冷たくて気持ちいい、食べるものがおいしいと思えることが嬉しいんですよ」と言い、小学校に通い始めた長女ら3人の子どもの話になると目を細めて父親の顔になった。

 自宅の大理石の床は、子どもたちのために全部フローリングに替えたそうで、大工さんに「本当にいいんですか?」と確認されたと笑っていた。

 今でも初めてフォトセッションを行なったスタジオの前を、所用で2週間に1度は通る。そのたびに秀樹さんのことを思い出す。きっと、これからも変わらない。

週刊女性PRIME

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