石橋蓮司が演じる平凡なサラリーマンの大絶叫!——春日太一の木曜邦画劇場

5月21日(火)17時0分 文春オンライン


1989年作品(91分)/東映/レンタルあり


 出身高校の最寄り駅は新大久保だったのだが、新宿や渋谷の映画館に行く時を除くと、下校時にはあえてその反対方向に歩き、一つ隣の高田馬場駅から帰っていた。駅の近くにあったレンタルビデオ店に寄るためだ。この店、とにかくマニアックな品揃えに定評があり、洋邦を問わず、毎日のように借りまくっていた。


 今回取り上げる『出張』も、そこで出くわした一本だ。なぜか棚で大きくレコメンドされていたのだ。おそらく、この店に通わなければ出会うことのない作品だったと思う。


 まずそのパッケージに仰天した。サラリーマン姿と思(おぼ)しき石橋蓮司が電車の車窓から身を乗り出し、必死の形相で手を振る画(え)が大写しになっているのである。「え、石橋蓮司が主役!?」ということにも驚かされたし、「出張」という地味すぎるタイトル、小さく写り込むマタギみたいな格好にサングラス姿の原田芳雄——。全てがミステリアスだった。その衝撃に駆り立てられ、思わず手に取っていた。


 そして、その内容にさらに仰天させられてしまった。


 主人公の熊井(石橋)は平凡なサラリーマン。山形へ出張に向かう途中に線路事故に遭い、蔵王近辺の山深い温泉に立ち寄ることに。露天風呂を楽しんだり、スナックの女たちと立て続けに情事に浸ったりと、急に出来た短い休暇を心ゆくまで堪能する。


 だが、信じられない展開が待ち受けていた。なんと帰りの山道で反政府ゲリラに遭遇、拉致されてしまうのだ。ゲリラは山奥で機動隊と銃撃戦を繰り広げていた。原田が演じるのは、ゲリラの隊長だった。


 隊長は熊井の妻(松尾嘉代)と上司(佐藤慶=声のみ)に身代金を要求するが、妻は「(熊井の命など)どうなってもいい」という回答、上司は心配するどころか叱責をしてきた上、「あくまで世間体のために払う」と熊井に告げてくる。家庭のため、会社のため、身を粉にして働いてきたはずが——。「チクショー!」「銃殺してください!」熊井の絶叫が山中に空しく響く。


 この時の石橋の芝居が、とにかく哀れで惨めなペーソスたっぷりで、笑いと涙を誘う。一方の原田はというと、見た目の厳(いか)つさや話す内容の不穏さとは裏腹に、フランクで朴訥とした感じで接してくる。その掛け合いも楽しい。さすが、長年の盟友同士である。


 熊井の身柄は釈放される。が、妻には邪険に扱われ、会社ではひたすら頭を下げ回り。ゲリラに拉致されている時の方が幸せそうに映っていた。


 そしてラストが、あのパッケージの場面だ。ここでの石橋の絶叫は実に痛切だった。


 いい映画を教えてくれる店があったと、改めて思う。




(春日 太一/週刊文春 2019年5月23日号)

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