三遊亭萬橘 前座噺を独特な爆笑編に作り替える非凡な落語脳

5月23日(木)16時0分 NEWSポストセブン

三遊亭萬橘の「落語脳」とは

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 音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、前座噺を独特な爆笑編に作り替える三遊亭萬橘の“落語脳”についてお届けする。


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 三遊亭萬橘が初のCD「三遊亭萬橘1」を出した。収録演目は『垂乳根(たらちね)』『井戸の茶碗』『寿限無』『らくだ』。『垂乳根』『寿限無』はどちらも前座噺だが、萬橘はこれらを独特な爆笑編に作り替え、落語ファンの度肝を抜いた。ドタバタ劇として楽しめる『井戸の茶碗』、オリジナルのサゲを考案した『らくだ』も秀逸。萬橘の非凡な「落語脳」を満喫できる商品だ。


 これらは皆、浅草見番での独演会「四季の萬会」での高座。CDの発売元であるキントトレコードが萬橘の音源収録のため5年前から開いている会で、4月6日にはCD発売記念も兼ねた第19回「四季の萬会」が行なわれたが、そこで萬橘が演じた『中村仲蔵』が素晴らしかった。


 萬橘はまず冒頭で『仮名手本忠臣蔵』五段目の現行演出を詳しく描写、それをこしらえたのが初代仲蔵であった……と本編に入っていく。


 名題になった仲蔵が最初に与えられたのは、弁当幕と言われる五段目の斧定九郎。「こんな役」と腐っていると、女房に「どれがいい役だとか決めつけるのはあなたらしくない」と諭され、役作りに取り組む。


「定九郎は死んだ役だ。その死んだ定九郎が動いてくれない」と悩む仲蔵だったが、雨やどりの蕎麦屋に入ってきたズブ濡れの侍を見て「そうか、定九郎は悲しいんだ」と、まったく新しい演出を思いつく。


 周到に準備して初日を迎え、支度を整えて揚幕できっかけを待つ仲蔵。と、すぐに場面転換して仲蔵は帰宅、女房に「失敗した」と経緯を語る。五段目をリアルタイムで描かない斬新な演出で、これが実に効果的。冒頭の「五段目の描写」は、このための仕込みだったのである。


 上方へ行くと言う仲蔵に、晴れの門出だからと女房が赤飯と尾頭付きを出す。それを見た仲蔵は、いかに女房が仲蔵の成功だけを信じていたかを知り、「すまねぇ」と涙する。萬橘ならではの感動的な描写だ。


 家を出た仲蔵があの蕎麦屋に立ち寄ると、五段目を観て帰ってきた客がいた。「間抜けな役なんかじゃないんだ、定九郎は悲しいんだ……それを仲蔵が教えてくれた」仲蔵の意図は理解されていたのである。


 師匠の中村伝九郎に呼ばれて行くと、定九郎の評判で持ちきりだ、大当たりだと聞かされる。「明日からお前の定九郎を観るために、二倍三倍のお客様が来てくださる。もっと胸を張れ」「いえ、私は芝居(四倍)のためにやりました」でサゲ。これも萬橘オリジナルだ。


 五代目圓楽の型に独自の工夫を大きく加えた『中村仲蔵』。グッとくる逸品だ。萬橘の底力を知った。


●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。


※週刊ポスト2019年5月31日号

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