【インタビュー】『やすらぎの森』は「誰にでも当てはまる物語」ケベック出身の監督が惹かれたテーマ語る
2021年5月24日(月)15時30分 シネマカフェ
ケベックを拠点にする女性作家ジョスリーヌ・ソシエの原作小説に感銘を受けた、同じくケベック出身のルイーズ・アルシャンボー監督が同郷の名優たちを迎えて映画化、自然の鼓動までも伝わってくるかのような世界観を見事に作りあげた。アルシャンボー監督は、本作の「アウトローなキャラクターたちに惹かれました」と語る。
人は「尊厳を保ちたい生き物」
「原作は人生や希望について書かれた小説です。どんなバックグラウンドでも、心をひらいて他者を理解することをこの映画は描いています。国籍や年齢、宗教や文化、性別などが違っても、その違いを恐れることなく、相手の話に耳を傾ければ、結局は皆、人を愛し、人に愛されたい、そして尊厳を保ちたい生き物であることが分かる。それが人間なのだと分かります。また、人がそれぞれどう生きるか、そしていつ死ぬのかという自由を書いた小説でもあります」と、原作について語る監督。
「登場人物は皆、重い過去を背負ったアウトローですが、自分とは異なる境遇にいる人に心をひらいていきます。彼らは高齢者ですが、誰にでも当てはまる物語です。将来を悲観するようなことがあっても、心をひらけば状況が変わったり、人間関係を変えることができたりする。新しい光が差し込むこともあると語っています」と、自身の心をとらえた作品のテーマに触れる。
「可能な限り小説の内容は崩したくなかった」と続け、「脚色を手掛ける前に原作者のジョスリーヌ・ソシエともたくさん会話したのです。原作は彼女のおばに捧げられたもので、過去におばが16歳から亡くなる87歳まで精神科施設に入れられていたことや、彼女自身がおばから受けた影響」を映画に盛り込んでいったという。
「おかげで自分の人生を取り戻した」
原作者ソシエのおばの“分身”ともいえるマリー・デネージュ/ジェルトルード役を演じたのは、本作が女優引退作であり、遺作ともなったアンドレ・ラシャペル。「素晴らしい女優ですし、非常に優雅です。青い瞳や肌の質感などがまるで天使のようで、容貌も人間的にもマリー・デネージュ役に最適でした」とふり返る監督。「現場でアンドレと話すのは、大変楽しかったです。とても寛大で、賢くて、人をジャッジするようなことはしない人」であり、「彼女自身いつもポジティブで、自らの人生をマリー役に投影してくれました」という。
「脚本を書いている段階でオファーしたのですが、彼女はプロデューサーに『出演するのはいいけど、いつ? 半年後には死んでるかもしれないわよ』と言ったそうです。それまでに約3年の演技のブランクもありました。映画監督だった旦那様が癌を患い、そのお世話をされていたそうで、疲れていた様子でした。でも、原作小説が好きだということで、私たちのオファーを受け、『これを最後の映画にする』と言ってくださった」と明かす監督。
さらに、「撮影に入った当初は、なかなかセリフを覚えられず、歩くこともままならない時がありました。でも終盤になると、釣りを楽しむようになり、歩く速度も上がりました。『この映画に出してくれてありがとう。おかげで自分の人生を取り戻した』と言ってくれたことを覚えています」と嬉しいエピソードもあったそう。
劇中では、このアンドレが演じたマリーとチャーリー(ジルベール・スィコット)の2人がまるでティーンネイジャーのようにぎこちなく、だが優しく体を重ねるシーンも印象的だ。
「2人のラブシーンは原作でもとても大切なシーンとして描かれているので、アンドレもこの映画の核になると分かっていました。彼女はこれまで何本も映画やドラマに出演していますが、実はセクシャルなシーンに挑むのは初めてでした」と監督。撮影に際し、「あなたたちを2020年のセックスシンボルにしたい。ワオ!きれい!と言われるようにしたい」と2人に話したという。
人生のしまい方をどう考える…ある選択に「鳥肌が立つほど驚いた」
マリーとチャーリーのラブシーンが生の息吹を感じさせる一方、本作には実際にケベックの森で多大な被害を出した山火事が“死”を象徴するかのように登場する。
「過去の山火事の森の映像は、実際の山火事のカラー映像から作りました。ストーリー性と芸術的な理由から、モノクロに転換し、スロー再生し、画像に粒子感を加えました。必要なのは火なのか、水なのか、地球の中心なのか、私たち人間よりも強力な何かなのか、それとも自然の力なのか。問いかけながら、山火事のイメージを変容させ、催眠的なものにしたいというアイデアがありました」と監督は打ち明ける。
そして、「老いること」と「人生のしまい方」について問うと、「とてもデリケートで個人的な質問だと思います。ケースバイケースだと思いますが高齢の俳優たちとは、そういったテーマについて話し合いました」と慎重に答える監督。
「鳥肌が立つほど驚いたのは、撮影の数か月後にアンドレに癌が見つかり、その1年後に尊厳死を選び、医療的幇助を受けて亡くなったことです(※カナダでは尊厳死は合法化されている)。癌で旦那様を亡くされていたので、同じように死ぬのは嫌だと思っていたそうです。人生最後の日は家族に囲まれ、歌を唄って、笑って亡くなったと聞いています」。
「訃報を聞いた時はもっと彼女と話したかったと思って悲しく辛かったのですが、同時に、これは私のエゴなのだと思いました。この映画はフィクションですが、アンドレはマリー・デネージュという役を経験して学び、自分の選択ができたのだと思います」とアンドレを思いながら言葉を紡ぎ、「ただ『死が選択できるなら、それでいい』という話ではなく、もちろん、生きる希望を与えることも大事だと思います」と続ける。
ちなみに、劇中ではマリーを森に連れてくる甥、スティーヴがアジアに憧れを抱いている様子が伺えるが、「日本は大変興味深い国のひとつで、私は日本の文化が好きです」と監督。「生活様式が非常に美しいと思います。食事や洋服、建築、デザイン、歴史、文化的な儀式など、すべてが美しい」と続ける。
「自然を非常に大切にしている国だと思います。食べ物や建築、アートもそうであるように、ルーツには自然がある。個人的には、そういったところに日本と繋がりを感じています」と言う。自然に抱かれることで過去や現実と向き合い、生と死を目の当たりにすることは、確かに日本人の死生観とも通じるものがあるはずだ。
『やすらぎの森』は5月21日(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国にて順次公開。