ビリギャル、北海道の高校でインターンとして勤務していた

5月24日(木)7時0分 NEWSポストセブン

現在、北海道の高校に勤務しているビリギャルこと小林さやかさん(撮影/菅井淳子)

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「おはようございます! みんな、ちゃんと学校に来て偉いね。朝何時に起きてるの?」。こんな問いかけに1人の女子生徒が「5時」と叫ぶ。


「体育会系なの? 私もいつも6時には起きているんだよ。厚化粧だからね!」。元ギャルならではの冗談に、教室にはドッと笑いが起こる。


 ここは札幌新陽高校・2年8組の教室。朝のホームルームで教壇に立つのは、累計120万部のベストセラーとなった『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(通称『ビリギャル』)のモデルとして知られる小林さやかさん(30才)だ。今年4月からインターン(実習生)として同校で働いている。


 高校時代、教師から「人間のクズ」と罵られ、学校が大嫌いになったという彼女は、12年の時を経て、学校へと戻ってきた。そこには彼女の“新たな教育の一助を担いたい”という強い信念があった。


 学年ビリの偏差値30だった金髪ギャルのさやかさんが恩師である塾講師・坪田信貴氏と出会い、周囲から「絶対に無理だ」と揶揄されながらも猛勉強し、慶應義塾大学に合格するまでの実話を描いた『ビリギャル』。2015年5月、有村架純主演で映画化されると、興行収入25億円を叩き出し、社会現象となった。


 さやかさんは慶大卒業後、大手ブライダル会社に就職したが、2014年にフリーに転身。以来、日本各地で学生や保護者に向けての講演活動を行っている。さらに4月からは先に述べたように新陽高校でも働き始めている。さやかさんが学校に戻った理由についてこう話す。


「講演で出会った子供たちから“さやかちゃんのお陰で人生が変わった”って声をかけられるんです。私の経験が、この子たちの人生を変えているんだと思ったら、どんどん覚醒してきちゃいました(笑い)。『ビリギャル』になったのも、使命だったのかなって思って」


◆出会いはフェイスブックで


 彼女が教育に目を向け始めた頃に出会ったのが、同校の荒井優校長(43才)だった。もともと新陽高校は「札幌最後の砦」と呼ばれるほど、偏差値が低い子供たちの受け皿となっていた学校だ。数年前には廃校ギリギリにまで追い込まれていたが、当時ソフトバンクの社長室で働いていた荒井氏が校長に赴任。母子家庭など、経済的に苦しい家の子供たちも通えるように入学金を免除するなどの改革を断行すると、生徒数はV字回復。就任わずか2年で生徒数は大幅に増え、712人となっている。


 さやかさんが荒井校長との出会いをこう振り返る。


「荒井先生がフェイスブックで書いていた『校長日誌』を偶然見つけて読んでいたんです。昔から“校長”って堅物のおじさんばっかりだと思ってたんですが、荒井先生は自校の生徒や先生が頑張る姿をたくさん綴っていて、“この校長めっちゃ素敵!”ってファンになった。メッセージを送ったら、すぐに会うことになって。先生と話したら“わぁ、この先生となら教育マジで変わるかもしんない!”ってワクワクしたのを覚えています。その中で“教育は現場で学んだ方がいい。学校は感動するぞ”って新陽に誘ってくださったので思い切って来ちゃった」


 一方の荒井校長はさやかさんを誘った理由をこう話す。


「生徒のため、教育界のためになると思ったのと同時に、何より彼女のためになると思いました。彼女にとって、ずっと学校は敵だった。だから教育の現場に立って、学校にもいいところがあるということを知ってほしかった」


 学校に身を置くことを決意したさやかさんだったが、「教師」という肩書にはこだわらなかった。


「教師になってしまったら、目の前の生徒しか見ることができないじゃないですか。私は教育のプロではないし、“教育現場”では先生たちには敵わない。だから私の役割は、新陽高校で学んだ生徒たちに、本当に必要な教育とは何かを全国に伝えることだと思ったんです」


※女性セブン2018年6月7日号

NEWSポストセブン

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