全身がん闘病の樹木希林、遺影撮影済み「最期は自宅で」

5月24日(木)7時0分 NEWSポストセブン

優れぬ体調を隠して気丈に振る舞っているが…(ABACA/ニューズコム/共同通信イメージズ)

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《行きの飛行機の避雷針が雷を受けました。異様な響きとともに私の座席の天井が破け、酸素マスクや破片やゴミがバラバラッと落ちてきました。「是枝さん、もうくす玉が割れちゃったから賞はおしまい」…のはずがめでたいことです》


 5月20日、カンヌ国際映画祭で『万引き家族』(6月8日公開)が最高賞のパルムドールに輝いたことを受け、樹木希林(75才)は独特の表現で是枝裕和監督(55才)に祝いの言葉を贈った。


 東京の下町を舞台に、万引きで生計を立てる一家の絆を描いた。樹木は、日雇い仕事のかたわら万引きを繰り返す息子・治(リリー・フランキー、54才)やその妻・信代(安藤サクラ、32才)、信代の妹で風俗店で働く亜紀(松岡茉優、23才)など、それぞれに事情を抱えた一家のまとめ役を好演した。


 カンヌから歓喜の一報が届く前日の5月19日、都内の高級中華料理店には樹木とその「家族」の姿があった。テーブルを囲んだのは、樹木と内田裕也(78才)の長女・内田也哉子(42才)と、也哉子と本木雅弘(52才)の間に生まれた次男(8才)だった。今、樹木と家族の関係には、ある変化が起きている。


「本木さん一家は、6年前の2012年頃に生活の拠点をイギリス・ロンドンに移しました。ですが最近になって、也哉子さんが東京に戻ってきているんです。希林さんは裕也さんと『45年別居』状態でずっとひとり暮らし。病気のこともあって、也哉子さんがいろいろと希林さんの身の回りの面倒をみているようです」(芸能関係者)


 5月14日に行われた『万引き家族』の公式上映のため、樹木は遠くフランス・カンヌに足を運んだ。初めて体にがんが見つかってから14年。人前では苦しい素振りを見せないものの、病気を抱えた75才の体には負担の大きい“出張”にも、也哉子は付き添った。


「テレビ番組やスクリーンで見る希林さんは“本当に病気なの?”と疑ってしまいたくなるほど元気な印象ですが、3泊5日の強行軍ということもあり、カンヌでの希林さんはかなり疲れていて、体調が優れない様子で、歩くのはとてもゆっくりだし、ぼんやりしていたり、肩で息をしたりするシーンもあったそうです。


 特にレッドカーペットでは少し歩いては座っての繰り返しで、間に写真撮影が入ったりと目まぐるしい。楽屋では肩が上下に大きく揺れてつらそうな様子だったそうです。海外の映画関係者の間では、“こんな体調であの演技ができるのは、よほどの精神力がないと不可能だ”と囁かれていたそうです」(メディア関係者)



 2004年夏に乳がんが見つかり、翌年に右乳房の全摘出手術を受けた。2008年頃には腸や副腎、脊髄までがんが転移していることがわかり、以降がん治療は30回を数えた。2013年3月には、日本アカデミー賞授賞式で「全身がん」宣言をして世間を驚かせた。


「公の場で笑顔を絶やさず、“死ぬ死ぬ詐欺です”と自嘲してきた希林さんですが、それでも全身にがんが転移しているのは事実。日によって、体調が優れず、苦しそうなことも多いそうです」(前出・芸能関係者)


 そんな母に、也哉子はひと時も離れず寄り添っていた。


「也哉子さんはつきっきりで希林さんの面倒をみています。カンヌでもそう。希林さんが車から降りる時は也哉子さんが必ず介助して、歩く時は傍らでサポート。希林さんの近くで様子を見守っていたようです」(前出・メディア関係者)


◆離れて暮らす母への心配


 也哉子と本木は1995年に結婚。樹木のたっての希望で本木は婿養子になった。1997年に長男、1999年に長女が誕生した後、2001年から樹木と本木一家の「二世帯同居」がスタートした。


「1階部分に希林さんが住み、2階部分が本木さん一家のスペース。プライベートを大切にするため、二世帯同居とはいっても階段は繋がっておらず、エレベーターに乗らないと行き来できない構造にしたそうです」(別の芸能関係者)


 2010年に次男が誕生。そして2012年、長女のイギリス留学をきっかけに、本木一家は生活拠点をイギリスに移すことを決める。


「当初は寄宿舎生活をする娘さんが向こうの生活に慣れるまで、という3か月限定の予定でしたが、“家族は一緒に暮らしたほうがいい”という本木さんの考えで、本格的に移住することになりました。次男が生まれて、“幼いうちから海外生活に慣れさせたい”と考えたことも理由にあったそうです」(前出・別の芸能関係者)


 樹木にとって、子供と孫に囲まれて暮らす日々は、この上ない幸せな時間だったに違いない。それでも、樹木は娘夫婦の選択を後押しした。


「希林さんは、“今は親が子供に干渉しすぎている”という考えで、孫への教育方針やしつけについてあれこれ言うことはなかったそうです。本木さんと也哉子さんへの信頼も厚い。自分が病気だからとか、年取っているからとかいう事情で子供たちの人生に影響を与えたくないという考えもあったんだと思います」(樹木の知人)


 それでも節目には家族で帰国し、樹木との交流を重ねた。毎年正月には、木村拓哉(45才)・工藤静香(48才)一家と、会社経営者の知人が開く新年会にも揃って参加している。


 樹木は、自らの「死の支度」も本木に託している。



「希林さんは、“最期は自宅で迎えたい”という希望を本木さんに伝えています。すでに遺影も準備し、断捨離も進めているそうです。そんな希林さんの考えを、本木さんたちは最大限尊重しようとしています」(前出・樹木の知人)


 樹木本人は、いつ「その時」がきても、死をあるがまま受け入れるのだろう。だが、愛娘にとっては、離れて暮らす母への心配は尽きない。


「也哉子さんは本木さんとの『別居介護』を選んだんです。学校が休みなので、今はアメリカの大学に通う長男や、イギリスのインターナショナルスクールに通う次男も一緒に帰国していますが、しばらくしたら子供たちは戻る予定。本木さんや子供たちをイギリスに残して、也哉子さんが日本にとどまるそうです。希林さん自身は“帰ってこなくていい”って強がったそうですけど、娘としてはもちろん心配もあるし、母の側にいたいという気持ちも強かったんでしょう。希林さんも内心は嬉しい思いもあると思いますよ」(前出・樹木の知人)


※女性セブン2018年6月7日号

NEWSポストセブン

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