映画『関心領域』を見る前の6つの「心構え」。『オッペンハイマー』と対照的なポイントとは

2024年5月25日(土)20時35分 All About

第96回アカデミー賞で国際長編映画賞と音響賞を受賞した『関心領域』を見る前の6つの「心構え」を解説しましょう。※画像出典:(C)Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.

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映画『関心領域』が2024年5月24日より劇場公開されます。
本作は第96回アカデミー賞で国際長編映画賞に輝き、さらには『オッペンハイマー』を破って音響賞も受賞した話題作。しかし、まったくもって普通の映画ではありません。何しろ、アウシュビッツ強制収容所の隣で幸せに暮らす家族を描いているのですから。

前置き:最低限の予備知識は?

その触れ込みの時点で非常にセンシティブかつ挑戦的で、見る人をある程度は選んでしまう題材でもあるでしょう。劇中に説明らしい説明はほとんどないですし、エンターテインメントではなく、実験的なアート系寄りの映画であることも事実です。
しかし、見る前のハードルそのものは決して高くはなく、最低限の予備知識は「アウシュビッツがどういうところか」だけでも十分だと思います。ユダヤ人が大量虐殺された歴史的事実および場所のことを、一般常識程度で分かっているのであれば、本作が描こうとしていることの本質は伝わるでしょう。
そして、「映画館で見るべき」と断言しておきます。劇場でこその「音」を「体感」することが重要ですし、後述する特徴を持つ内容を「逃げられない」環境でこそ見ることに意義を感じるからです。
そのうえで、ここでは特異な映画の内容をより理解するための、6つの「心構え」を紹介していきましょう。

1:虐殺の隣での「ホームドラマ」を描く

本作のメインで展開しているのは「家族の日常」です。子どもたちは川で遊び、夫は家で何やらお偉いさんと会議をしていて、妻は年老いた母親と庭の造園について話し合ったり、使用人は家事をしていたりと、とても平和でほのぼのとしている……ように見えます。しかし……何やら「重い」音がずっと鳴り響いており、時おり「銃声」や「うめき声」や「悲鳴」が聞こえてきます。さらに、子どもたちがプールで遊んでいるその後ろでは、はっきりと「煙」がもくもくと上がっているのです。
その理由は言わずもがな。平和な家族の日常のその隣で、毎日のようにユダヤ人が銃や炎により虐殺されているからです。夫がお偉いさんと話しているのは「焼却炉」の話だったりしますし、さらに川では「人骨」と思しきものが見つかり、子どもたちはすぐに川からあがるように言われ、その後に徹底的に「洗浄」されたりと、そのおぞましい事実を示す出来事がいくつかあります。本作には直接的な残酷描写はほぼ皆無であり、日本でのレーティングはG(全年齢)指定です。それでもとてつもなくグロテスクに感じられる、なんなら気分が悪くなるほどの映画体験ができるのは、そうした「大量虐殺の事実」と「どこにでもありそうなホームドラマ」を同時に見せられ、そこにすさまじいギャップがあるからでしょう。
そのホームドラマの中でも特に印象に残るのは、妻が夫から急な転勤を聞かされて、「ここは夢に見た暮らしなの」「あなただけが転勤して。私は子どもとここに残る」などと告げること。隣で起こっていることを認識しているはずなのに、そう言って(思えて)しまえることに、戦慄したのです。さらにショックを受けたのは、「作物と花」。「楽園のよう」とも言われるその庭で「雑草を取り払う」のは民族浄化や選民思想のメタファーに思えましたし、その作物や花の「養分」が何かと考えると……さらに背筋が凍ることでしょう。

2:登場人物に「寄らない」カメラ

さらなる特徴は、カメラが全くと言っていいほど登場人物に「寄らない」こと。遠い場所から俯瞰的に家族の姿を映しており、リアリティーショーやドキュメンタリーのようだと錯覚するほどです。
その撮影方法も特殊です。最大10台の固定カメラを、セット内の異なる部屋それぞれに用意し、5人の撮影チームが遠隔操作しつつ同時に撮っていたのだとか。ジョナサン・グレイザー監督は壁の向こうにあるトレーラーから複数のモニターを見ており、即興で作られたシーンもあれば、慎重に台本が書かれたシーンもあったのだそうです。
筆者個人としては、これは「客観的視点」を持てる、題材に非常にマッチしたスタイルだと思います。文字通りに「一歩引いた視点」があってこそ、前述した「大量虐殺の事実」と「どこにでもありそうなホームドラマ」の両方を認識しやすくなりますし、それらをいい意味で「傍観するしかない」感覚も得られるからです。
それぞれの部屋や庭を登場人物が自由に移動しているような「連続性」が見えるのも、この手法ならではでしょう。また、『関心領域』と『オッペンハイマー』は、どちらも「歴史的な大量虐殺の中心にいた人物(の罪)を描く」ことが共通しています。しかし、前者はこの手法により客観的視点を、後者は「主観」を描いているというのも興味深いところ。『オッペンハイマー』は登場人物の表情を大きく映した場面が多く、それでこそ主人公の内面を鋭く深く表現しているのですから。

3:主人公夫婦は「はっきりと実在の人物」に

主人公である、一家の大黒柱かつ、アウシュビッツ所長のルドルフ・フェルディナント・ヘスは実在の人物です(ルドルフ・ヘスとも略されますが、ナチス党副総統であるルドルフ・ヴァルター・リヒャルト・ヘスとは別人であることに注意)。そのルドルフ・ヘスと同等に重要な描かれ方をされるのが、その妻のヘートヴィヒ。ジョナサン・グレイザー監督は脚本を書き始める前に2年間にわたって調査をしており、前述した「転勤への文句」も庭師の証言に実際にあったものなのだとか。
実は、『関心領域』の原作小説ではヘス夫婦をモデルにしつつも、主人公夫婦は架空の名前の人物になっていていました。今回の映画では、さらなる作り手の膨大かつ詳細な下調べのもとで、(描かれていたこと全てが真実とはいわなくても)「実話」を描く覚悟のある作品に仕上がったと言っていいでしょう。

4:「自分ごと」として考えられる

ジョナサン・グレイザー監督は本作について「ある意味で我々を描いた物語でもある」「我々が最も恐れているのは、自分たちが彼らになってしまうかもしれないということだと思います。彼らも人間だったのですから」と語っています。これもまた背筋の凍るような指摘です。本作の「アウシュビッツの隣で幸せに暮らす家族を描いている」というシチュエーションだけ聞けば、「自分が生まれる前の時代の、遠い国での関係のない話」と思われるかもしれませんが、「自分の生活圏または隣にある問題から目を背けている」「その場所の良い面だけを都合よく享受しようとしている」と言い換えれば、現代の日本でも他人事だと思えない、普遍的な物語に見えてこないでしょうか。
そもそも、主人公のルドルフ・ヘスは自分と家族を守るために仕事をしている、妻のヘートヴィヒや子どもたちはそのおかげで平和で理想的な暮らしを得ているともいえます。そうした恩恵ばかりを重視して、「他の犠牲をいとわない」という心理が働いてしまうというのも、「人間」の恐ろしいところなのだと思えます。この映画を見れば、物理的な距離としての身近な問題でなくても、社会全体に影響を及ぼす問題に目を向けたり、タイトル通りに自身の「関心領域」がどこまであるのかと考えるきっかけにもなるでしょう。ジョナサン・グレイザー監督はアカデミー賞の授賞式にてイスラエルの攻撃、ガザ地区への侵攻についても言及しており、それもまた現代の問題なのだと強く思わされます。
そして、ここでは詳細は伏せておきますが、映画の終盤では「えっ!?」と多くの人が驚くであろう、とある「飛躍」があります。これはそれまでの流れを意図的に断ち切るような、人によっては困惑を覚える演出および表現でもありますし、提示される「視点」そのものが問題提起に対して的外れに感じてしまう人もいるかもしれません。
しかし、個人的にはこれもまた、「自分ごと」として考えられる、「現実と地続き」であることを強く観客に訴えるための手法なのだと納得しました。その賛否も含めて、見た人同士で話し合ってみるのもいいでしょう。

5:監督がMVを手掛けた『Virtual Insanity』に通じている?

ジョナサン・グレイザーは、ジャミロクワイによる楽曲『Virtual Insanity』のミュージックビデオの監督としても知られています。
その『Virtual Insanity』の歌詞は、タイトル通り「(実在はしていない)実質的な狂気」を歌っており、世界にある問題をうのみにしたり、周りに流されたりすることへ警鐘を鳴らしているとも解釈できます。
それが『関心領域』での問題提起に近いというのも、とても興味深いのです。

6:合わせて見てほしい映画を1つだけ推すなら?

最初に掲げた通り、『関心領域』は予習をあまり必要としない映画ともいえますが、もちろんナチス、ホロコースト、アウシュビッツに関連した書籍や映画に触れておけば、より深く内容を理解できますし、今回の映画で直接描かれていないことにも目を向けるきっかけにもなるでしょう。
例えば、ユダヤ人絶滅政策を決定した「バンゼー会議」を描く『ヒトラーのための虐殺会議』、現代のアウシュビッツを観光する「ダークツーリズム」の様子を淡々と映した『アウステルリッツ』、約9時間半にわたるホロコーストのドキュメンタリー『SHOAH ショア』もありますが、筆者が1つだけ合わせて見てほしい映画をあげるのであれば、『サウルの息子』を推します。
こちらは、ユダヤ人の死体処理を行う特殊部隊「ゾンダーコマンド」の男が、息子と思しき少年の遺体を葬るために奔走するという内容。アウシュビッツの中の「地獄巡り」を「主観」に近いカメラで追うことができる、ちょうど『関心領域』とはまったく異なる視点で描かれた作品である一方、「何かを見ないようにしている」主人公の心理はどこか似通っているからです。合わせて見れば、やはりより「自分ごと」として、提示された問題について考えられるでしょう。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
(文:ヒナタカ)

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