最悪だった日大アメフト部・内田前監督の記者会見を決定付けた「ピーク・エンドの法則」

5月25日(金)21時30分 文春オンライン


会見が行われた、日大本部(東京都千代田区) ©文藝春秋


 それにしても何のために緊急会見を開いたのだろう。日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックルをめぐり、内田正人前監督と井上奨コーチが開いた会見は、あまりにひどいものだった。


 宮川選手の言葉が具体的で合理的、一貫性があって迫真性があっただけに、内田氏と井上コーチの発言は指示を否定しただけで、要領を得ない。


 内田氏は質問に対してしらっとした表情ながらも、一般論で答えたり、回りくどい表現をしたり、「これは信じないでしょうが」「言い訳になってしまうのですが」と答える前に打ち消しをしたりと、嘘をつく時に見られる特徴が多かった。反対に井上コーチは苦悶の表情をうかべ、しどろもどろで、発言も徐々に変化していく。そんな会見から見えてきた問題点を、認知心理学や行動心理学から分析してみる。



見えているはずのものが見えない


 まずは内田氏が反則行為の後、すぐに注意しなかった点について「言い訳になってしまうのですが、その時、ボールを見てしまいまして、宮川選手のところを残念ながら見ていない」と話したことである。メディアで流されるその時の画像では、内田氏はボールの方ではなく、宮川選手の方に身体も顔も向けているのだが、本人は見ていなかったと主張した。


 見えているはずのものが見えない現象を、認知心理学では不注意盲目(非注意性盲目)という。人には無意識のうちに、このような知覚に関する錯覚が生じることがあるため、内田氏の言い分を全面的に違うとは否定できない。だが、「週刊文春」によって公開された音声データから試合後のコメントを聞くと、あの反則行為を見ていなかったと強弁することには無理がある。



選手とのコミュニケーションもほぼなかった


 さらに内田氏は試合前、宮川選手が近寄り「QBを潰すので使って下さい」と言った点について、「近寄ってきた選手が何を言ったのか、正直わかりませんでした」と述べた。


 日大アメフト部の組織はピラミッド型で、トップにいる内田氏は絶対的権力者である。権力者は他人の行動をコントロールできるため、他人の視点で物を見たり、気にかけたりしなくなるというニューヨーク大による研究結果がある。つまり権力者は、他人や自分より下の人間の存在を意識していないということであり、内田氏の言動はそれを証明している。選手のため、選手を頑張らせようとしていたという話と、実際の言動がかけ離れているのだ。選手とのコミュニケーションもほぼなかったというのだから、選手たちを本当の意味で気にかけていなかったことがわかるのではないだろうか。



自分の立場が弱くなることを嫌う


 そんな権力者は、「まずは当該選手に責任を押し付け」という記者の質問に頷き、「今度はコーチに責任を押し付けているように聞こえる」と言われて頷いた。頭を下げて謝罪したものの、言い訳ばかりに終始し、責任を取ることを恐れているように思える。常務理事を辞任しないことからも、自分の地位や立場を守りたいのだろう。


 行動心理学では、謝罪を拒否した人のほうが、謝罪を拒否しなかった人より「自分に権力がある」と感じているというクイーンズランド大による研究結果が出ている。このタイプの人は、自分の過ちから目をそむけやすく、自分の立場が弱くなることを嫌うらしい。自分の非や間違いを認めたくないから、部下の意見や反論を聞かなくなる。するとその組織では、メンバーの誰もが「気がねなく何でも言うことができる」状態や環境を示す心理的安全性が失われてしまう。こんな組織では、部下は質問したり確認したりしたくても、うるさがられたり怒られたりすることを怖れるようになる。組織の中では権力者に逆らう者がいなくなるのだ。



質問に答えるたびに、眉根にグッと力を入れる


 会見を見ていると、井上コーチは内田氏に逆らえないような印象を受ける。内田氏の発言を聞きながら、その表情を次々に変える井上コーチに比べ、彼の話を聞く内田氏の顔はどこか他人事、無表情なのだ。そんな二人を見比べていると、「社会的嘘」という言葉を思い出した。これは他者の利益になるための嘘という意味だ。もし井上コーチが内田氏のために社会的嘘をついているのだとしたら、二人の関係性には何か特別なものがあるのだろうか。


 質問に答えるたびに、眉根にグッと力を入れ、眉間に深いシワを見せた井上コーチは、宮川選手を成長させるため色々な表現を使ったと述べながらも、問題の核心となる「ケガ」という言葉については、「指示していない」と答えた。ところが時間とともに、その答えが「(ケガという)言葉を使っていない」から「ケガという言葉を使ったか覚えていない」へと変わっていく。記者たちはこれに「嘘をついている」と噛みついたが、記憶の錯覚ということも考えられる。


 人は自分が記憶していると思うものと、実際に記憶しているものとが食い違いやすい。これは起きたことに対して自分なりの解釈が混じるからである。つまり時間とともに頭の中で、起きたことでなく、起きた可能性があることに記憶が塗り替えられてしまうのだ。特に前後に類似の状況や場面があれば、その記憶と重なりあって記憶の歪みや錯覚が生じやすくなる。記憶している人が誤りに気がつかないこともあるのだ。といって、嘘をついているのか、単に記憶が間違いなのかを判別することは難しい。だからこそ、詳細な調査が必要になる。



終了時にどう終わったかということで判断しやすい


 さてこの会見、日大広報の司会者がさらにひどかったのは言うまでもない。元記者で論説委員長まで務めた人物だというが、危機管理は素人で、記者たちを若造に見たのだろう。発言の途中で言葉を被せ、何度も会見を打ち切ろうとし、挙句にブチ切れた。会見内容にいら立っていたところに、この対応だ。誰の目にも会見は最悪だったと印象づけられたはずだ。


 人は、その経験を最良か最悪にかかわらずピーク時と終了時にどう終わったかということで判断しやすい。これを行動経済学者カーネマンは「ピーク・エンドの法則」と名付けている。最悪の会見が、終わり方の印象でさらに最悪になったのは言うまでもない。



 ついに日大学長までが緊急会見を開くに到ったこの問題。最終的な結末はどうなるのだろうか?



(岡村 美奈)

文春オンライン

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