吉行和子83歳 映画『雪子さんの足音』で見せた妖気

5月25日(土)16時0分 NEWSポストセブン

5月18日に行なわれた『雪子さんの足音』舞台挨拶

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 5月18日から公開が始まった映画『雪子さんの足音』(浜野佐知監督・全国順次公開)。初日、舞台挨拶が東京・ユーロスペースで行われ、吉行和子、菜葉菜、寛一郎、浜野佐知監督が登壇した。


 映画が生まれたきっかけは一本のメール、と浜野監督が明かした。「とんでもないバーサンの役が演りたい」とLINEで伝えてきた吉行和子に、「直球で吉行さんの心を受けとったような気がした」という監督。しかしその「とんでもないバーサン」のイメージを、いかに役柄として着地させていくのか。頭を悩ませていた時、たまたま出会ったのが芥川賞候補にもなった小説『雪子さんの足音』(木村紅美著)。主人公の雪子は「老女」「年寄」というプロトタイプからはみ出す不可思議な人物で、浜野監督は「とんでもないバーサン」がここにいると確信、吉行主演の映画化を決めたという。


 映画の中で「不可思議なバーサンの世界」へと誘い込まれ、翻弄されていく青年・湯佐薫を演じたのが寛一郎。祖父に三國連太郎、父は佐藤浩市と役者一家の血を継いだ22歳。デビューしたてのみずみずしい長身イケメンが、83歳の小さな吉行和子に籠絡されていくあたりが見物だ。


 語は、アパート「月光荘」の大家・川島雪子(吉行和子)の孤独死から始まる。大学時代、月光荘に下宿していた薫(寛一郎)は、新聞報道で雪子の死を知り、あらためて月光荘を訪ねる道すがら、生前の雪子から受けた一種異様なもてなしや過剰な親切、奇妙な体験がよみがえる──毎日のように用意される、ごちそうの数々。金銭の援助。戸惑い遠慮しつつも、ちゃっかりとアルバイト感覚で「祖母につきあう孫」を演じるようになっていった薫。


 しかし、ジワジワと距離を縮めてくる雪子は、手を握ったり黙って部屋へ入りこんだり。エスカレートする妖気に怖じけづき、逃げ出しても月光荘で受けた心の痕跡は消えない──。


「親切で優しい大家の雪子さん」という老女の顔の奥に、秘めたる欲望、巧妙な手管、自己愛がのぞく。そしてガラス玉のように透明な少女性も。


「高齢者とはこういうものと、一つに決められたくない」と常々語っていた吉行和子。「年を取ると、きちんと名前を持ち個性を持った人物を演じる機会が極端に少なくなる。ただの老女Aを演じるばかりではつまらない」という言葉もかつて取材現場で聞いた。


 そう、まさしくこの映画に現れた雪子は「とんでもないバーサン」。簡単にはカテゴライズされない、見たこともない80代の女の姿がなまめかしく浮かび上がってくる。


 老齢期は、人生のたそがれとも言う。「たそがれ」の語源は「誰(た)そ彼(かれ)」。夕暮れ、人の見分けがつきにくく「あなたは誰ですか?」とたずねる時分のこと。


 では、83歳の吉行和子の「たそがれ」は、どうだろう? 


 映画館の暗闇の中で、姿が見えたかと思うとまた別の誰かのようにも見えてくる。老いと少女性、優しさと毒、複数の顔を潜ませた不思議な存在──たそがれ時の吉行和子にしか演じられない、独自の領域だ。


●取材・文/山下柚実(作家)

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