松坂大輔だけじゃない 中日・岡田俊哉の「もう一つの復活物語」

5月26日(土)11時0分 文春オンライン

 プロ野球を見ていて、心から楽しいと思うときって、どんなときだろう?


 一つは、才能に満ち溢れ、恐れを知らない若手選手の活躍を見るときだ。2017年の中日ドラゴンズなら、快足を飛ばしてグラウンドを縦横無尽に駆け回る京田陽太を見ているとき。2018年なら、爆速球で相手打者から三振を奪ってマウンドで仁王立ちする鈴木博志を見ているとき。もうたまらない。試合に勝てば最高だが、たとえ負けたとしても彼らの活躍が見られれば、明日の希望を信じてゆっくりと眠りにつくことができる。


 では、プロ野球を見ていて、心が震えるときって、どんなときだろう?


 それは苦労に苦労を重ねた選手のカムバックを見たときだ。4241日ぶりに国内で勝利を挙げた松坂大輔のビッグカムバックが、ドラゴンズファンのみならず日本中を興奮と感動のるつぼに巻き込んだのは記憶に新しい。


 そして今年のドラゴンズには、もう一つ忘れられないカムバックがある。26歳の中継ぎ左腕、岡田俊哉の369日ぶりの復活劇だ。



血行障害に長く苦しんでいた岡田俊哉 ©文藝春秋


岡田俊哉が大切にしている「相棒」


 岡田はマウンドで1球投げることに、左手の指にふっと息を吹きかける。まるで指先に小さな魔法をかけるかのように。


 5月15日の広島戦、出番は3点リードの6回無死二、三塁。相手が強力広島打線とあっては、3点差だってセーフティリードではない。ライデル・マルティネスをKOして勢いづいているからなおさらだ。復活の舞台としては、ちょっとハードすぎるんじゃないか? そう思った人も少なくあるまい。


 しかし、岡田は冷静だった。「緊張はあまりしなかった。この回を完了させればいい」。これまで幾多の修羅場をくぐり抜けてきた男ならではの落ち着きである。2017年のWBCで6球続けてボールを投げ、巨人の小林に「何の球種ならストライクが取れる?」と聞かれて顔面蒼白で「ありません」と答えた姿は、もうない。


 最速143キロのストレートと110キロ台のスライダーを投げ分け、松山と野間を内野ゴロ、この日、本塁打を打っていた會澤を空振りの三振に切ってとった。ナゴヤドームをすさまじい歓声が包む。勝利の後のお立ち台では「お久しぶりです」とはにかんでみせた。


 岡田が苦しんでいたのは血行障害だ。ボールを握っても感触がないし、投げるという動作もできなくなっていた。もともと兆候は2013年頃からあったが、昨年6月、「左手血管外膜剥離術」の手術に踏み切った。再発の恐怖と戦いながら、長く苦しいリハビリを続けた。


 血行障害にとって天敵は「冷え」だ。同じ血行障害の先輩で、岡田が「勇気をもらっている」というヤクルトの館山からも「体を冷やさず、血液を循環させることが大事」とアドバイスをもらった。岡田は5月になってもユニフォームのポケットに常にカイロをしのばせている。これがないと落ち着かないらしい。カイロのことを岡田は「相棒」と呼ぶ。



「とにかく負けん気が強かった」


 岡田俊哉は野球エリートだ。中学時代はボーイズ関西選抜に選ばれ、DeNAの筒香とともに世界大会に出場した。名門・智弁和歌山高校では1年の春からベンチ入りし、その夏の甲子園で早くもマウンドを踏んでいる。その後も順調に甲子園出場を重ね、名将・高嶋仁監督の秘蔵っ子として、同校としては異例の「絶対的エース」として君臨した。全日本選抜のエースにも選ばれている。


 岡田の性格について、高嶋監督は「とにかく負けん気が強かった」と振り返る。2年の夏の甲子園では「変化球を投げろ」というベンチからのサインに首を振り続けて直球ばかり投げ、1イニングになんと10点取られてノックアウトされている。3年になってからは球速を10キロアップさせ、和歌山県大会を制すると甲子園で3回戦まで進んだ。またしても直球ばかりだったという。異次元の負けん気の強さと言ってもいい。


 岡田は2009年のドラフト会議でドラゴンズの外れ1位として指名を受ける。しかし、彼自身は「とんでもないところに飛び込んでしまった」と思ったという。なにせ、当時のドラゴンズは落合博満監督率いる黄金期であり、円熟期。スタメンには荒木雅博井端弘和、森野将彦、和田一浩、谷繁元信らが名を連ね、投手陣は吉見一起、チェン・ウェインらが快刀乱麻のピッチングを見せていた。ブルペン陣の岩瀬仁紀、浅尾拓也もフル回転。レジェンド中のレジェンド、山本昌も現役だった。


 周囲の選手たちの偉大さに圧倒されていた岡田が1軍で頭角を表すのはプロ4年目の2013年のことだ。66試合で7勝5敗2セーブ15ホールド、防御率2.79。途中、先発転向も志すも、再びリリーフとして活躍。2017年のWBC代表メンバーにも選ばれ、これからさらにドラゴンズの勝ちパターンとして活躍が期待されていた折の血行障害だった。誰よりも悔しかったのは岡田自身に違いない。



「過去の自分なんて、違う自分」


 今でも指先の感覚は完全には戻っていない。「完治はない」とも言う。だから、過去に投げていた球質にもこだわっていない。今は、今、できることを追い求めている。岡田は1軍に上がってきたとき、こう語っていた。「過去の自分なんて、違う自分。できることをひとつひとつやっていかないと」。


 プロ野球選手に限らず、誰にだってダメな時期はある。若手の頃は苦労して当たり前だが、ようやく芽が出てきた20代、仕事の楽しさがわかってきた30代、働き盛りの40代……いつどんなときに落とし穴が待っているかわからない。ケガかもしれない。病気かもしれない。心の問題かもしれない。周囲の環境の問題かもしれない。良かった時期の姿を追い求めすぎてダメになってしまうこともあるだろう。


 それでも、生きているうちはダメなままでいるわけにはいかない。そんなとき、どん底に沈んでいたプロ野球選手が不屈の闘志でカムバックを遂げる姿を目の当たりにすると、心が震えて、腹の底から勇気が湧いてくる。あんな風になれないかもしれないけど、俺だって、私だって、頑張ろうと思う。


 何をしたっていい。モデルチェンジをしてもいい。カッコ悪く、泥臭くあがいたっていい。岡田は持ち前の「負けん気」をリハビリに使った。彼のモットーは「念ずれば花開く」だという。


「どれだけしんどくてもつらくても、必死に努力を重ねれば、最後にきっと花は開くと思っています」


 復活を遂げた岡田について、森繁和監督は「大事なところで使っていく」と断言した。今年のドラゴンズは面白い。新戦力と主力選手たち、そして岡田を含めたカムバック組がうまく噛み合えば、もっと上位だって目指すことだってできる。そして彼らの姿を見て、俺たち、私たちはまた明日も頑張ろうと思うのだ。


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(大山 くまお)

文春オンライン

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