美人クイズ棋士・竹俣紅「天才少女が『ワイドナショー』で芸能界デビューした理由」

5月27日(日)17時0分 文春オンライン

女性棋士として、そして美人クイズプレーヤーとして活躍する竹俣紅さん。知られざる19歳のこれまでをたっぷりお伺いしました。ロングインタビュー後編、まずは衝撃的な「砂場の思い出」から!(全2回/ 前編 より続く)






ひたすら幼稚園のお砂場を掘っていたころ


——竹俣さんは小学6年生のときに女流王将戦の予選でプロ2人を破るなどして「天才少女」として注目されましたよね。いったい、どんな幼少期だったんですか?


竹俣 お砂場遊びが好きだったんです。それで、ただひたすら砂を掘って、幼稚園のお砂場の底を見たことがあります(笑)。コンクリートなんだって知って、「あ」って絶句したというか。知ってしまったみたいな。


——深掘りタイプなんですね。


竹俣 確かに一つのことを突き詰めてするのは好きですね。


——他に深掘りしてたものってありますか?


竹俣 折り紙とか、ハマってましたね。一時期はダックスフントとか、何も見ないでどこでも折れたんですけど、今は忘れちゃった。



——何か特別な教育を受けていたんですか?


竹俣 いえ特に何もしていません。一人っ子なのもあり、一人遊びが好きでした。


「もう勉強は終わりにしなさい」って親に止められてました


——でも中学受験の際には、あまりにも勉強に没頭しすぎるので、お母さまが「勉強は2時間まで」って制限したらしいですね。


竹俣 ああ、言われました。何か始めると、テンションが上がってしまって、限度なくやり続けてしまうみたいです。休憩なしでずっと。なので、「もう勉強は終わりにしなさい」って親に止められると、将棋をやっていました(笑)。


——雑誌に載ったお母さまの証言によれば、それがあまりにも度を越しているので病院に連れて行ったこともあるとか。


竹俣 自分としては全然そんなことないのになって思っていましたけど(笑)、いろいろ心配されてはいたんでしょうね。



——没頭するのは将棋も同じだったんですか?


竹俣 そうですね。そもそもは、祖母がはじいていたそろばんに憧れて、本屋さんにそろばんの本を買いに行ったらなくて、そこで偶然見つけた将棋の本に夢中になったところからなんです。


——偶然とはいえ、なぜ将棋だったんでしょう。


竹俣 漢字を覚えるのが大好きだったので「駒にいろんな漢字が書いてあるゲームって面白そう」って思ったんです。新聞とか、大人が何気なく読んでいるものを私も読みたい、読めるようになりたいっていう知識欲みたいなものが強かったんでしょうね。


「将棋をやらないのであれば、出ていってください!」


——そこから少しずつ究めていって、中学受験して入学した渋谷教育学園渋谷中学では将棋部に入られる。


竹俣 将棋部のマネージャーとコーチをしていました。



——マネージャーって?


竹俣 運営のほうです。ただ、私が入った当初は先輩方がプレステみたいなゲームをピコピコ部室でやってるような状態で、これは変えないとまずい、と思ったんです。それで「将棋をやらないのであれば、出ていってください!」って怒ったんです。今思えば、中1なのに生意気なこと言って、自分で自分をひっぱたきたくなるんですけど(笑)。


——先輩方はどうしたんですか?


竹俣 ゲームを別の場所でするようになりました。



高校のクラスLINEに入らなかった理由


——中高一貫の学校ですが、将棋部は何人くらいいたんですか?


竹俣 20人くらいでした。後輩の女子3人が団体戦のチームを作って文部科学大臣杯の東京予選に出たんですが、東京予選では初めての女子チームだったみたいなので、女子はわりかし多めの将棋部だったと思います。


——竹俣さんは14歳でプロの女流棋士になられましたが、旋風を起こした藤井聡太さんもまた14歳で、史上最年少のプロになりましたよね。


竹俣 いえいえ、そうやって藤井先生と同じ文脈で語られるのは、ありえないことです。男性棋士と女流棋士ではプロになる制度の基準も難易度も違いますし、藤井先生はこれからの将棋界を引っ張っていかれる存在ですから。



——藤井「先生」なんですね。


竹俣 女流棋士はプロ棋士のことを基本、「先生」か段位で呼びますから、それは普通です。ただ、藤井先生の場合、収録で「藤井五段」と言っても放送日には「藤井六段」に昇段されていたりするので、先生と呼ぶのが一番無難です(笑)。


——竹俣さんは高校時代に『ワイドナショー』にも出演されていましたが、クラスではどんな存在だったんですか?


竹俣 みんな勉強しているのに、将棋ばっかりやってる変わった人と思われてたんじゃないですかね(笑)。でも、変わった人が多い学校なので、そんなに浮いてはなかったと思います。クラスLINEには入っていなかったですね。



——クラスLINE?


竹俣 クラス全員が入るLINEで、クラス会の日程を決めたりするのに使うやつです。


——クラス会って、同窓会みたいなことを現役なのにやるんですか?


竹俣 違います。休みの日にクラスのみんなでカラオケに行ったり、遊びに行ったりするんです。でも、私はできるだけ将棋の勉強に時間を費やしたかったので行きませんでした。もちろん友人はいたんですけど、友人との関係は学校でお話しするときだけにしていました。



——仲のいい男子はいたんですか。


竹俣 ああ、でも将棋部の仲間とかです。


模試の成績を見て、高校の先生から東大を勧められた


——都内有数の進学校とはいえ、棋士として大学進学は悩みどころではありませんでしたか? 将棋を究めるためには、進学せずに精進する道もあるわけで。


竹俣 最初は大学には行かない、という選択肢の方が大きかったんです。でも模試の成績を見て高校の先生から東大を勧められたりして、だんだん大学進学のことも真剣に悩むようになったんです。



——東大って、それは相当な成績ですよね。もしかしたら「東大王」チームにいたかもしれない。


竹俣 いやいや、それはないです(笑)。「東大王」チームに入るにはクイズもプロ級じゃないといけないので。むしろ、棋譜の研究や詰め将棋のトレーニングにどれだけ時間を割けるかに神経を注いでいました。宿題が大量だったので、少しでも進めるために、軽めの宿題は家に帰る前に学校で済ませてしまう、みたいな。



棋界だけにいると身につかない価値観


——早稲田大学の政治経済学部に入学されましたが、大学に入ってよかったと思うことは何ですか?


竹俣 日常生活においては、授業が終わってからお仕事などがないときは、部室に行って将棋を指すことができるのがとてもいいですね。芸能のお仕事をさせていただく上では、早稲田大学出身の方にお会いすることが多くて、早稲田つながりで初対面でも温かく接していただけることがうれしいです。



——大学という環境は、将棋界のような伝統的な社会とは大きく違う世界ではありませんか? 伝統的な世界にはいわゆる男尊女卑のような風潮が残っていることもよく指摘されるところですが。


竹俣 将棋界は男性棋士、女流棋士が分けられているように、いわゆる伝統が続いている世界ですよね。そこで育まれている価値観は尊重すべきものですが、でも一方で、棋界だけにいると身につかない価値観も世の中にはたくさんあると思います。生きていく中で、価値観、ものの見方が一つしかないというのは、危険なことだと思うので、いろんな考え方や人に接することができる大学に入ったことは絶対に良かったと思っています。


——進学を決める一方、芸能活動を始めるのも高校時代ですね。『ワイドナショー』の時から、もう現在の事務所に所属されていたんですか?


竹俣 いえ、最初は日本将棋連盟を通じて依頼が来ました。事務所に所属したのは出演している途中からです。



私にとって身近な世界の一つが芸能界だった


——どうして芸能活動に興味を持ったんでしょうか。


竹俣 学生といっても職業を持っているので、経済的に自立したい思いが強かったんです。私は棋士として対局料をいただいていますが、高校の時に自分の対局料を知って、将棋だけではまったく自立できないことを自覚したんです。それで、もう一個何か職業を持った方がいいと考えて、タレント業もすることにしました。


——もともと芸能界には興味があったんですか?


竹俣 変な話、私にとって身近な世界の一つが芸能界だったんです。子どもの頃から『ネプリーグ』に出演したりしていましたから。


——でも高校の時から経済的に自立したいって思う人は、なかなか珍しいのではないですか。


竹俣 親は構わないと言ってくれたんですが、親に負担をかけて学校に行きたくないなっていうのがあったんです。それと、高校の先生から「職業はいくつ持ってもいいんだよ」って背中を押されたことも大きかった。それで、自分で働いたお金で勉強するのもいいなって考えて、今は芸能のお仕事でいただいているお金で学費を払っています。



せめてクイズ5級にはなりたい


——学業、芸能、そして棋士として、それぞれの目標があると思いますが、将来の夢はどんなものですか?


竹俣 それぞれというより、全てを合わせたところに目標があるとするならば、子ども向けの将棋番組を作ってみたい、というのは夢ですね。私は将棋を始めたときに周りにやっている人がいなかったので、けっこう一人ぼっちだったんですよ(笑)。すごく寂しくて。だから将棋を好きになった子どもが、将棋をよく知らない親とでも一緒に楽しめるような番組があったらなって、思うんです。そういう面で将棋界を支えていけたらいいなって考えています。


——クイズプレーヤーとしての目標はありますか?


竹俣 えー、クイズの世界でですか? 今はクイズアマチュアの10級くらいだと思いますが、せめて5級くらいまでにはなりたいかなあ(笑)。


——謙虚ですね!


竹俣 お砂場遊びみたいに、深く掘り始めると止まらなくなっちゃうから、ほどほどにしておきます(笑)。



写真=佐藤亘/文藝春秋



たけまた・べに/1998年、東京生まれ。6歳から将棋を始め、森内俊之九段に師事。2012年、14歳で女流プロ入り。現在、女流初段。渋谷教育学園渋谷中学・高校を卒業し、2017年に早稲田大学政治経済学部入学。経済学専攻で、大学の将棋部に所属している。




(「文春オンライン」編集部)

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