YouTuberラファエル密着ドキュメンタリー【完全版】“成り上がる”ためのたった一つの方法

5月27日(月)7時0分 モデルプレス

ラファエル (C)モデルプレス

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【ラファエル/モデルプレス=5月27日】白い仮面のYouTuberとして、国内トップクラスの動画再生回数で支持されてきたラファエルの、壮絶な半生に迫るドキュメンタリーコラボ企画『ラファエル物語〜栄光と挫折〜』。今回、動画では紹介しきれなかった部分も含めた「完全版」をお送りする。

◆“時給日本一YouTuber”ラファエルとは

白い仮面とグレーのパーカーがトレードマーク、素顔がベールに包まれているラファエル。

2014年10月にチャンネル開設以降、他のYouTuberが開拓出来なかった分野、ギリギリで過激な内容、“時給日本一YouTuber”として豪快にお金をつぎ込んだ企画など、すべて戦略的にマーケットを分析し、自らのキャラクター設定とポジショニングを明確にする唯一無二の存在として人気を博してきた。

しかし2019年1月、YouTubeの利用規約変更をきっかけに、登録者数200万人を超えるチャンネルがアカウントを停止(BAN)。その衝撃はファンや関係者はもちろん、ニュースにも取り上げられたことで大きな話題となった。

借金、親の離婚、自衛隊入隊、アカウント削除…無一文から壮絶な人生を乗り越えて成り上がった“たった一つの方法”に迫るべく、これまで明かしてこなかったラファエルの半生の全てを振り返ったドキュメンタリー『ラファエル物語〜栄光と挫折〜』。彼の仮面の下の素顔に迫る。

◆元TBS吉田明世アナがYouTube動画に初出演

インタビュアーには、1月にTBSを退社して現在フリーアナウンサーとして活躍する吉田明世アナを迎え、ラファエルのゆかりの地をめぐり、生い立ちから壮絶な幼少期、自衛隊時代、サラリーマン時代、初めてYouTubeにチャレンジした時の状況など、波乱万丈な半生と、“成り上がる”ためのたった一つの方法を探った。

◆吉田明世アナ、ラファエルの豪華自宅で初対面

まず、吉田アナが向かったのは都内の高級住宅街にあるラファエルのマンション。少しよそよそしい初対面もそこそこに、玄関から歩を進めた吉田アナは「うわ〜すごい!ここに住んでいるんですか!?ツッコミどころが多い」と目を丸くして、広い部屋に声を響かせた。

普段ラファエルが動画撮影を行っている自宅だが、あらためて見回してると、大理石の床、クリスチャン ルブタンのスニーカーの数々、日本刀や暖炉と、あらゆる所に“贅”が散りばめられている。まさに「成功者」の証だ。

◆ラファエル出生の地・大阪へ 幼少期の辛い思い出と両親の離婚

まず一行は、ラファエル出生の地・大阪へ向かった。当時父・母・姉と4人で住んでいた自宅の周辺に向かう車中、幼少期の思い出の話題に。ラファエルは「いい思い出がずっとないんですよ…」と静かに語り始めた。

「家庭環境が複雑で良くなかった。お母さんとお父さんが結構仲悪くて…。親父が酒癖が悪くて、酔っ払ってビール瓶を投げつけていた。そうするといつもお姉ちゃんが手を引っ張ってくれて、一緒にお風呂に逃げていた」と悲惨な家庭環境を振り返る。

「基本楽しい思い出はない」「とにかく親父が酒に酔ってキレているのしかない」と、明るい思い出がラファエルの口から出てくることはなかった。

そんな重苦しい過去を振り返りつつ、バスを降りてラファエルの記憶を頼りに進むと、幼少期に住んでいた自宅を発見。「まだ残ってたんですね〜え〜衝撃ですね」と懐かしさと驚きで、やや声にハリが出たラファエルは「1階が美容室だったんです」と紹介。

しかし、続けて語られたのは「親父が保証人みたいになって借金を作ったので、それを返すためにこの家を売らなくちゃいけなくなったんです。それが離婚の決定打になっちゃったんです」と両親の離婚だ。

さらに「僕、ここの階段でよく泣いていたんですよね。両親が離婚した後、鍵っ子みたいに鍵はまだ渡されてなかったので、母が帰ってくるまでそこに座って泣いていて、近所の人が『お母さんまだなの?』って」とも。

「ここの家の記憶は、親父とお母さんが酒でケンカして、親父が暴れてお姉ちゃんにいつも引っ張られてお風呂に入って、そこ(階段)で泣いていた記憶しかないです」と、泣いている思い出ばかりという悲痛な過去だった。

◆経済的な厳しさ、度重なる転居 

残っていた幼少期の家から、通っていた保育園に寄りつつ、自宅売却後に母と姉とともに引っ越したアパートへ。「ここでは、両親がケンカすることも無くなったので明るくなったと思いますけど、母が働かなくちゃいけなかったので、母との時間はほぼなかったですね」と、良し悪しはともかく生活に変化もあった。

さらにラファエルが小学校にあがる頃、このアパートからも引っ越したそうで、「母と母のお母さんが仲悪かったので、(母は)離婚後もすぐに頼りたくなくってここのアパートでしのいでたんです。でも、小学校にあがるタイミングで経済的にも厳しくなっておばあちゃんの家に転がり込んだんです」。

◆ラファエルは高校にも通っていた 仕事に熱を入れ始める

ここで、度重なる引っ越しを振り返る中で「これまで動画では中卒って言ってたんですけど、厳密には通信制の定時制高校に行っていたんです」と告白。「とにかく仕事ばかり」だった当時は、ファミレスの調理担当から始まり、「お金の欲も増えて」と大阪の繁華街でのキャッチも経験。「その時からですね、人に対しての会話が得意になったのは」と現在の活動にも活きる時間だった。

◆数々の転機があった名古屋 ラファエルの自衛隊時代、サラリーマンへ

高校卒業後、ラファエルは自衛隊に入隊し、任期満了除隊後は、サラリーマンとして自動販売機の営業職に転職。そんな人生の転機となった名古屋を訪れた。

車中、自衛隊時代を回顧したラファエルは、吉田アナから「1番辛かったこと」を聞かれると、「門限とか、生活の規律、規制などが厳しかったですね」と管理された暮らしに慣れなかったことをあげた。

また、今もムキムキな体なのも自衛隊時代の名残が残っているからだそうで、「部活みたいなのもあって、僕は格闘技のやつだったんです。それで今も格闘技が好きですし、鍛えてます」。

かつて青春時代を過ごした名古屋の自衛隊守山駐屯地。「あまり良い思い出でもないですけど…辛かったり楽しかったり」と脳裏に浮かぶことが多々ある様子で、その中で「格闘技で中部6000人ぐらいの中で代表選手に」と評価され、出世の道もあったことを明かした。

それなのに、自衛隊を辞めてサラリーマンの道を選んだ理由は、「自衛隊って素晴らしい仕事で、正直今までの自分の人生で一番誇れる仕事だと思うんです。でも、やった分だけ評価される、お金がもらえる仕事で挑戦してみたかった」と語った。

「自衛隊は、任期満了して更新せず就職しました。スーツにも憧れていて営業職にもなりたかったので、大きな希望を持って一人暮らしを始めることになりました」。寮を出て、新たな生活が始まったのだった。

◆困窮のサラリーマン時代初期 それでも働き続けたワケ

しかし、憧れていた生活は「大卒でもなかったので給料も少なかったですし。自衛隊時代に多少お金は貯まっていましたけど、一人暮らしに必要なものとか、スーツとかで全部使っちゃいましたね」と厳しい船出。食事も「一袋80円の袋入ラーメンを1日3食30日続けたり…」と、かなり困窮していた。

サラリーマン時代の自宅にも足を運ぶ中、給料も低く休みが無い中で働くモチベーションについて、「自由と開放感もあった。やったらやっただけ稼げる、成功できるっていうボンヤリとした夢があった。当時YouTubeでフェラーリの動画とかを観ていて、具体的な目標はなかったけど『いつかこういうのを買いたい』って。サラリーマンだけど、そこに向かうために空いている時間を仕事に費やした」と、苦しい時の支えがYouTubeだった。

◆“1番尊敬出来る”上司登場 営業マンだったラファエルを絶賛

サラリーマン時代を懐かしんでいる最中、“これまで会った中で1番尊敬出来る人”というお世話になった上司であり、恩師を呼び出すことに。快く動画に出演して再会を喜ぶ上司が、「自衛隊出身の子って堅苦しい子のイメージがありましたけど、(ラファエルは)その割には、対話もしっかり出来ますし、最初仕事を紹介してくれっていう話があったときも営業の会社なので、そういう所も評価していました」とラファエルの第一印象を話していると、恥ずかしさから落ち着かない様子のラファエルが「話し方変わらないですね〜」と懐かしんでいた。

さらに上司は、「非常に行動力もありますし、コミュニケーション能力も他の転職してきた営業職の人と比べて勝っていた。その辺りは天性じゃないですけど、持っていたものだと思います」と当時を回顧。ラファエルが「めっちゃ厳しかったんです。営業所で1番になったんですけど、全国では1番じゃなかったんです、そうしたらめっちゃ怒られました(笑)。『全然使えない』って」と楽しそうに思い返し、上司も「今だったらパワハラでやられちゃうかも(笑)」と白い歯をみせていた。このロケと通じて久しぶりにラファエルの笑い声が聞こえた瞬間だった。

◆YouTuberラファエル誕生秘話

当時の上司との別れを惜しんだ後、ラファエルが初めて契約を取った会社が近かったので寄り道。努力の甲斐あって、かつての希望通り成功を収めつつあった時代を懐かしむとともに、YouTuberになるきっかけを振り返った。「順調だったんですけど、といはいっても現状には満足していなくて色々探していた。その時『好きなことで、生きていく』っていうYouTuberのテレビCMを観て、調べたらYouTuberが何億も稼いでいるっていうことを知って自分もチャレンジしてみようと思いましたね」。

「カメラがあれば始められることは知っていましたけど、サラリーマンで営業していましたし、大企業も担当していたので顔を隠したほうがいいなと」。ここで白い仮面がトレードマークのラファエルが誕生した。

そんな話をしながら、当時仮面を購入した『ビレッジバンガード(名古屋本店)』を訪問。売り場に陳列された白い仮面を発見。「本当は#0というか、撮影したけど配信してないものがあって、それはスーツを着て、フランスパンとか入ってそうな紙袋に目を口だけ穴開けてかぶって…。血迷ってたんでしょうね(笑)。それはすぐにだめって気づいて、ぶらぶらしていて仮面に出会ったんです」と、お蔵入りしたキャラクター像があったことを告白した。

◆地道な分析と自信 トップYouTuberになるまで

YouTuberとして出立したラファエルだったが、当時のチャンネル登録者数の推移は、今の人気からは想像がつかないものだった。しかし当の本人に焦りはなかった。

「僕なりにYouTuberとしてウケている人が何でウケているか解析したんです。そうしたら、やっていないキャラクターがあったんです。僕みたいに『お金持ってます』って敢えて言っちゃうキャラは、芸能界だったらタブーだと思いますし、『遊んでいます(というキャラ設定)』って言っちゃうのも、『これ企業からの提供です』って言っちゃうのも。そうやってぶっちゃけキャラで続けていれば、どこかのタイミングでハネる(再生回数が上がる)って絶対思っていました」。

地道な分析と自信があったから、前を向き続けられ、成功へと繋がったのだ。

事実、チャンネル開設から登録者が1万人を突破するまで約1年かかったが、その1年後には動画がバズりまくり30万人を優に突破。サラリーマンとYouTuberを兼業し、休みこそ無いが余裕のある生活を手に入れ、サクセスストーリーが軌道に乗り出した。

◆両親の死

だが、そんな成り上がりの花道が暗転。この頃、姉から生き別れた父の死を告げられた。

加えて、間もなくして母親にがんが見つかり入院し、間もなくして他界。

「3〜4ヶ月の間だったので気持ちに整理がつかなかった」。光が差し込んでいただけに、心に空いた穴は大きかった。

◆ラファエル東京へ YouTuber1本の道に

それでも時は過ぎていく。徐々に気持ちを落ち着かせながら仕事に励んだラファエルは遂に東京へ。ホテル暮らしをしつつ2つの顔をこなしていたが、YouTuberとして存在感が大きくなり続けた結果、サラリーマンとの限界を迎えてYouTuber1本の生活になった。

◆再びラファエルの自宅 ハイブランドの数々

大阪と名古屋をめぐった一行は、都内へ戻り自宅でロケを再開。吉田アナがラファエルのお金事情に切り込むと「時計買う企画だと1〜2千万円とか。車を買わされたこともあってそれは3000万。全部企画ですね」。ここで、改めてラファエルの自宅内を詳しく探ることになった。

まずは靴棚。扉を開けると、眩しく輝くクリスチャン ルブタン(Christian Louboutin)のスニーカーが綺麗に顔を並べていた。吉田アナも「すご〜い」とのけぞるほどの光景だったが、ラファエルは「私服の時はずっとこれ。こういうキャラだから普段から違和感なく履けるんですよね〜」と淡々としていた。

次に訪れた撮影部屋では、普段TVの収録現場に慣れている吉田アナがYouTuberの撮影風景に興味津々。吉田アナたっての希望で“普段のラファエル”に着替えて、実際に公開する動画の撮影を見学した。

最後は寝室&クローゼット。吉田アナが私服でモンクレール(Moncler)が多いことに気づくと、「何かイメージを付けたかった」とダウンジャケットのイメージが強いモンクレールで、Tシャツからジャケットまで全て統一させた理由を明かした。

◆3000万円のランボルギーニ

“1番高かった買い物”は「ほぼ乗らないですけど」と3000万円の車とのこと。そこで、駐車場に場所を移して待っていると、ランボルギーニ(Lamborghini)がお目見え。吉田アナも改めて「すごいですね〜お金が…儲かってるんですね〜」と感嘆の声を漏らし、助手席に乗ってからも「すごいですね〜」と、成功者の象徴に目を丸くしていた。

◆ロケを通じて感じたラファエルの真の凄さ

数日間に渡ってラファエルの半生をたどってきた今回の企画。吉田アナからの印象は、「YouTubeをいる限り華やかな生活をしているなと。ラファエルさんは特になんでも手に入れているなと思っていたんですけど、その裏には過去の色々な経験があって、ちゃんと戦略的に考えて今の地位を築いているんだなと思いました」とラファエルの真の凄みを感じ、感心しきりだった。

◆ “成り上がる”ためのたった一つの方法とは…?

「精神論的な話とか、数字に裏付けされてない話はあまり好きじゃないんですけど、裏で努力していて、そういうことを“見てくれている人が助けてくれる”と思うんです。

僕は今まで天才っていうのを1人しか見たことなくて、それがこの前名古屋で会った上司の方。それ以外で成り上がっている方は努力。天才とか成功している人、お金を持っている人、バックボーンがある人がいっぱいいて、僕がそういう人に勝つにはいっぱい働くしかない、それ以外ない。人に与えられた1日の時間は24時間とみんな一緒です。

“成り上がる”ためのたったの一つの方法は、『人生、迷ったらやる』。これだけです。

シンプルにそこに特化して突き進んでいけば、そのうち成功すると思います」。

◆あとがき〜ロケを通じて見たラファエルの素顔〜

数日間のロケを通じて気づいたのは、ラファエルの愛される素顔だ。

アカウント停止直後のモデルプレスインタビューで、応援の声が多数寄せられていることに触れた際、ラファエルが「色んな方から声を頂きましたが、1番はクライアントの方々からが多かったです。クレームは1件もなくて、励ましばかり」と話していたが、その言葉どおり人に愛される人柄が明確に見えた。

それは、誰よりも“気がつく”。周囲のスタッフへの細かな配慮はもちろん、ロケに遭遇した一般の方まで迷惑にならないように気を配っていたのはラファエル本人だった。こんなこと言ったら営業妨害になってしまうかもしれないが(笑)、動画の破天荒ぶりからは想像がつかないほどの優しさを持っていた。

そんな素顔だからこそ、他のYouTuberには出来ない人物とのコラボを実現させてきたのだろう。誰からも愛されるラファエルの成り上がり物語は、これからも周囲を巻き込み、まだまだ続いていくに違いない。(modelpress編集部)


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