『宿命の戦記』著者 左派勢力のハンセン病政治利用に怒り

5月27日(日)16時0分 NEWSポストセブン

作家の高山文彦氏

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 笹川陽平・日本財団会長のハンセン病制圧の旅に7年にわたって同行取材した『宿命の戦記 笹川陽平、ハンセン病制圧の記録』。著者・高山文彦氏と原武史・放送大学教授が「ハンセン病と皇室」について語り合う対談「人類史の暗黒に光を当てる──高山文彦『宿命の戦記』をめぐって」の最終回は、ハンセン病療養所・多磨全生園がある西武沿線に左派勢力が侵食していった風景の話から始まった。


 * * *

高山:僕が驚いたのはね、患者の家族側の集団訴訟で1人500万円勝ったら、弁護士の報酬は20%だそうです。原告団は600人近くいて、これは左翼勢力による明らかなハンセン病の政治利用でしょう?


原:左翼に乗っ取られるといえば、多磨全生園の近くにあった結核療養所もそうですよ。全生園は東村山市、結核療養所は清瀬市にあります。どちらも僕が以前住んでいて、そこでの体験を本に書いた滝山団地がある東久留米市の隣なんです。同じ西武沿線の。


高山:『滝山コミューン一九七四』ですね。


原:ええ。僕は小1から中1まで滝山団地で育って、団地の小学校が左翼勢力に乗っ取られていく話を書いたんですが、全生園に最も患者が多かった時期も、まさに団地みたいな集合住宅がズラっと並んでいた。その中に一種のコミューンができ、自治会が力をもつ話は、僕自身の実体験と重なります。つまりもともと雑木林があるだけの隔離された世界に同質的な団地ができ、そこに1つのコミューンができていく。


高山:つまりハンセン病患者も、皇室も、団地の住民も、決して「ひと色」ではなかった。それが同質化され、記号化されていく動きを、北條民雄は20代そこそこの若さで見抜いていて、凄いんです、彼の日記を読んでみるだけでも。


 原さんは『滝山コミューン一九七四』の巻頭にカール・シュミットの『現代議会主義の精神史的地位』から、次のような言葉を引用されています。


〈あらゆる現実の民主主義は、平等のものが平等に取扱われるというだけではなく、その避くべからざる帰結として、平等でないものは平等には取扱われないということに立脚している。すなわち、民主主義の本質をなすものは、第一に、同質性ということであり、第二に──必要な場合には──異質的なものの排除ないし絶滅ということである〉と。


原:北條民雄は戦前、私が書いた滝山団地は戦後の話で、時代は違いますけどね。


 今の西武新宿線と池袋線に挟まれた地域に、明治末期から昭和初期にかけてハンセン病の施設や結核の療養所ができ、戦後の1960年代に、それよりやや東寄りに滝山団地ができる。結核療養所が共産化するのは占領期、滝山コミューンは1970年代ですが、同じことが同じ地域で繰り返されたことに、僕は何か偶然じゃないものを感じるんですね。


 実はそれが最初の話とも繋がるんですが、熊本という土地に根ざした渡辺京二さんの活動や著作に触発された僕は、ある時、自分があの地域で育ったことが何を意味するのかと考えた。すると団地とよく似た空間が明治の末からできていて、それが多磨全生園や結核療養所なんです。住宅地として売ろうにもなかなか売れなかった西武鉄道の沿線に、日本住宅公団が団地をつくり、当時は団地族への憧れが強かったこともあって、西武はイメージを変えていく。ところが駅前はあまりまとまった土地が確保できないから、駅からかなり離れた場所に団地ができる。滝山団地が典型ですが、そこはもうバスの終点なんですよ。住民しか乗らないような。そんな外界から隔絶された土地に、共産党の支部がつくられ、団地自治会ができるわけです。


 まさに全生園も駅から結構離れていて、北條民雄が東村山まで西武線の電車で行って、駅から20分ほど雑木林のなかを歩いて行くシーンが『いのちの初夜』の冒頭にあるでしょう、タクシーに乗車拒否されて。あのシーンが、僕にはものすごく印象的だったんですよ。


高山:駅にシボレーのタクシーが停まっていて、でも乗せてくれないというね。


◆北條民雄の死から77年後の「実名公表」


原:そう。実は『滝山コミューン一九七四』の冒頭で、東村山より2駅西武新宿寄りの花小金井で降り、滝山団地行きのバスに乗って団地に向かうシーンをなぜ書いたかというと、やっぱり意識したんです、北條民雄を。つまり駅を降りて、目的地に向かうと、目の前に隔離され、完結した独特の世界が立ち現れる感覚が、『いのちの初夜』の冒頭の、北條民雄が全生病院に入っていく感じと、似ている気がして。


 今でも全生園に行くと、似てるんです。武蔵野独特の欅が屹立した風景とか、関東ローム層の赤土が冬になると巻き上がる感じが、時代を超えた風土としてあって、近くを野火止用水が流れていたりするのも、僕には懐かしくて。そこに高山さんも『火花』で書かれたように、川端が行くわけでしょう?


高山:ええ。昭和12年12月、北條が腸結核と肺結核を併発し23歳で亡くなった時に、彼と最後の対面をするために、鎌倉から電車を乗り継いで、わざわざね。


原:それこそ当時、東村山駅には患者専用のホームや改札まであったらしく、帰りの西武線で、よく患者の遺族がわざと遺骨を置き忘れるという網棚を、川端らしき「私」が何となく見上げる。その最後の1行が、ものすごく生々しいんです。


高山:そう。「癩院へ通う電車は、遺骨の忘れ物が最も多いと言われる。縁者が受け取ってはみたものの、始末に困って、網棚に遺していくのだ」というね、昭和16年の短編「寒風」です。本当に細部をよく見て書いていますよ、川端康成は。


 それこそ遺骨を持て余すほど、当時、一族に患者がいるのは世間に憚られることで、死後もずっと伏されてきた北條の本名を、実は彼の死から77年が経った2014年の6月、親族の方が公表に踏み切られましてね。そのことも19年前に『火花』を書いた僕としては、ぜひ本書に書いておきたかった。


原:実際、高山さんのこの本もやっぱり読ませますよ。とくに文体が抜群です。


高山:まあ、できる限りわかりやすく書こうとはしましたね。何しろ陽平さんが行くのは日本人では誰も行ったことがないような土地がほとんどだし、ハンセン病の歴史も含めて、今はよく知らない読者がほとんどでしょうから。


◆差別撤廃に取り組んだ人類史初の「奇人」


原:文章全体に抑制が効いているんですね。だから政治利用のことや、例の集団訴訟のことになると、逆に書き手の怒りがダイレクトに伝わってくる。


高山:それはありがとうございます。渡辺京二さんが言ってました、人類はもう人類史的に自立すべき段階を迎えているのだと。自立とはお互いがそれぞれの多様性を尊重し合いながら、向かい合って生きていく社会のことでしょうが、このとくに家族の集団訴訟は自立でも何でもない、反近代的なやり方だと思います。最も尊重されるべき個人の尊厳を無視して、1人一律いくらなんてね。そういうことを左翼系の人たちは平気でやる。それが善行だと思っているから質が悪い。


 ただ、人間の本質という意味では国際機関も怠慢ぶりがひどくて、ロシアの現地機関なんか、WHOがタダで配った薬を1月に1回しか患者に渡してないんですね。アフリカや南の国々では深刻な熱帯病を抱えているので、ハンセン病に対するプライオリティーを上げるのが大変なのはわかる。でも日本財団が制圧予算のほとんどを担う中、彼らはそれでメシを食ってるわけでしょう?


 そのうえ彼らが制圧しましたと言っても、現地へ行くと次々に出てくるんです、隠れた患者が。ブラジルに至ってはサイレント・エリアと呼ばれる地域にたくさん患者がいるのに、政府は手を付けようとしない。これはもうWHOそのものから差別意識をなくさないといけないわけで、陽平さんは本当ならその努力もしなければならない。ところがこの人、ハンセン病だけじゃないんですよ。他の活動もメチャメチャやっていて、本人は勤勉で真面目で、遊び1つしないんだけど、とにかく忙しい人だから。


原:でも、もう年齢的には80近いでしょう?


高山:ものすごく元気です。「青春真っ盛り」なんて、ご本人は文学性のかけらもないことを言うんだけど (笑い)。つまり、イイ歳してオリンピック精神の体現者みたいな人なんです。健全な精神は健全な肉体に宿るっていうけど、それはたぶんこういう人のことを言うんじゃないかと僕は思うくらいで、精神の病んだ人ではやっていけません。


 ミャンマーの中央政府と少数民族の和平問題も調印まで持って行ったけれども、とにかく彼が行くところ、行くところ、とんでもない僻地ばかり。雨で道が消えてしまうような山奥の泥んこ道でも、本人はランドクルーザーの中で平気で寝られるような人だからいいけどさ。ホント、あの人につき合っていると、こっちがくたびれちゃいます(苦笑)。


原:ここに出てくるだけでもインド、アフリカ、ブラジル、中央アジア、そしてバチカンでしょ。まさに世界中にまたがっている。それにまた髙山さんが同行する。だからこそ、毛細血管に分け入るような細部の積み重ねによって本書が構成されている。


高山:やっぱり一種の奇人ですよ、あの人は。奇人だけど、なるほど聖者なのかもしれませんね。キリストはハンセン病者を治癒したかもしれない。でも、差別からの解放という考えまでには至らなかった。ガンジーは彼らに温かく接したけれど、アウトカースト身分からの解放どころか、むしろ英国からの独立のためにカースト制を温存した。マザー・テレサは特効薬を与えるよりも、患者たちを穏やかな死の流れへ送り出すことのほうに熱心だった。人類史において彼が初めてなんですよ、差別撤廃に取り組んだ人間は。


 それでいて自分は何か高邁な哲学や思想を語るでも、視察先のスピーチで長話するでもない。むしろ聞く側に回って、患者さんと一緒に無邪気に歌ったり踊ったり、自分は虐げられた人たちの下僕になると公言している、稀にみる「奇人」です。


●たかやま・ふみひこ/1958年宮崎県高千穂町生まれ。法政大学文学部中退。1999年、ハンセン病で早世した作家の評伝『火花 北条民雄の生涯』(七つ森書館刊)で第31回大宅壮一ノンフィクション賞と第22回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『鬼降る森』(小学館文庫)、『水平記』(新潮文庫)、『エレクトラ』(文春文庫)、『どん底』(小学館文庫)、『大津波を生きる』(新潮社刊)、『宿命の子』(小学館刊)、『ふたり』(講談社刊)などのノンフィクション作品のほか、『父を葬る』(幻戯書房刊)や『あした、次の駅で。』(ポプラ文庫)などの小説がある。


●はら・たけし/1962年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。国立国会図書館に勤務後、日本経済新聞社に入社し、昭和天皇の最晩年を取材。東京大学大学院博士課程中退。現在は放送大学教授、明治学院大学名誉教授。著書に『昭和天皇』(岩波新書、司馬遼太郎賞)、『滝山コミューン一九七四』(講談社文庫、講談社ノンフィクション賞)、『大正天皇』(朝日文庫、毎日出版文化賞)、『皇后考』(講談社学術文庫)、『松本清張の「遺言」』(文春文庫)など。





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