ねじねじ、お墓…中尾彬と池波志乃夫妻8つの終活キーワード

5月30日(水)7時0分 NEWSポストセブン

400本あった“ねじねじ”は半分まで処分

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 おしどり夫婦・中尾彬(75才)と池波志乃(62才)が先ごろ刊行した『終活夫婦』(講談社刊)が話題を呼んでいる。家のこと、思い出の品、お墓のこと…、「中尾家の終活」が詰まった1冊だ。夫妻の人生において大事なキーワードを8つ紹介する


【1】木更津のアトリエ

 中尾の実家・千葉県木更津市にあったアトリエ。武蔵野美術大学時代の建築家の友人と一緒に建てた。「複雑な造りで、びっくり箱みたい!」(池波)と言うように、独創的な建築で、修理代も高額だった。絵画や陶芸を愛する中尾は、ここでひとり作品制作を行っていた。


【2】沖縄のマンション

 2002年に購入した、沖縄県にあったセカンドハウス。観光地にあって立地がよく、家電完備の優良物件だったので、買い手も多く、木更津のアトリエよりもラクに手放せたという。当時、沖縄で出会った友人たちは、今もふたりのよき財産になっている。


【3】ねじねじ

 おなじみ中尾のトレードマーク。大判のショールを首に巻き、胸の前でねじって結ぶのが中尾流。夫婦間では“ねじねじ”の愛称で呼ばれる。今回の終活では、400本近く所有していたことが発覚し、世間を驚かせた。


【4】映画『お葬式』

 1984年に公開された、故・伊丹十三氏の初監督作品。突然葬儀を出すことになり、右往左往する家族の様子を独創的な伊丹節でコミカルに描いた。厳粛なお葬式で起こる笑いのギャップが話題を呼び、驚異的な大ヒットに。日本アカデミー賞など各映画賞を総なめにした。中尾は「人が死ぬってことは、『あぁ、こういうことだったのか…』と。悲しんでばかりはいられなくて、容赦なく事務的なことが次々と起こる。死んでしまったらもう、自分の意思は伝えられない。だから遺言状は、残る人たちのためにも必要なんだ」と同作について語る。


【5】お墓

 東京・谷中に建てた墓。「イサム・ノグチじゃないけど、石の彫刻をやってみたかった」と言う中尾が自らデザイン。「どの墓も立っているから、横にしてやろう」と、角のない石を3段寝かせて、直筆で“無”という文字を刻んだ。あえて家名は入れずに、池波の母方の両親である金子家、父母の美濃部家も一緒に眠っている。3つの石には3家の思いが込められている。


【6】旅行

 ともに旅好きで、月に1度の旅行が夫婦の楽しみに。若い頃は海外にも行ったが、今は電車やバスを使った国内旅行がお気に入り。以前は中尾が準備を担当していたが、最近は池波がコーディネート。段取りよく旅程を決めるので、「“志乃旅行社”はなかなかのもの」と中尾も太鼓判。冬には福井県・芦原温泉『べにや』にかにを食べに行くなど、旅の目的はやっぱり“美味”。毎回決まった宿に泊まり、その土地のなじみになるのがふたりの定番の旅の楽しみ方。



【7】父

 池波の父は、落語家の十代目金原亭馬生。祖父は五代目古今亭志ん生。馬生は食道がんを患ったが、噺家の命でもある声帯を守るべく、手術を拒否。中尾と池波の結婚4年後、54才の若さで他界した。中尾は馬生を慕い、毎晩のように酒を酌み交わす仲だったという。


【8】『父の言葉』

「私の成人式のときに父から贈られたこの言葉は一生の宝物です」(池波)


私はフト思う

父親として今君を

見ていると幸福そう

に見える いつまでも

そうあってほしい

でも人はかならず

何かのカベにぶつかる

そのカベは重くのしかかって

くる その時逃げては

いけない

息をつめてその重さ

にたえるのだ キット

いつかそのカベは消えて

くれる イザと云う時

は人は助けてくれない

自分しかない

それを忘れないよう

そして時々自分の背中

を見るように そして

冷たく自分を見るのです

ハッと思う様な事が

見えることもあるものです

了見を正しく生きて

行く前提として

体だけは大事にして

もらいたい それが唯一の

頼みだ 何か面白く

ないことがあったら

人のいないところで空に向って

どなりなさい

お父さんのバカーと

           父より

志乃どの


※女性セブン2018年6月7日号

NEWSポストセブン

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