さよなら西城秀樹さん 新御三家が抱えていた複雑な思い

5月31日(木)16時0分 NEWSポストセブン

告別式会場に飾られた3人の巨大パネル

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「まったく年齢を感じさせないパフォーマンスを、お送りしていきたい」。5月27日、全国ツアー初日を迎えた郷ひろみ(62才)は、覚悟を決めたようにそう宣言した。それはまるで、先に逝った盟友への“ヤングマン宣言”──。


 その前日の5月26日、東京・青山葬儀所で、西城秀樹さん(享年63)の告別式がしめやかに執り行われた。


「ツアーのリハーサルが大詰めを迎えていた郷さんでしたが、予定を大幅に変更して前日の通夜、その日の告別式どちらにも足を運びました。弔辞を読んだのも、郷さんのたっての希望で実現したそうです」(芸能関係者)


 西城さんと郷に、野口五郎(62才)を加えた3人は、舟木一夫(73才)、橋幸夫(75才)、西郷輝彦(71才)の「御三家」に次ぐ、「新御三家」として1970年代の音楽シーンを席巻した。


 1万人以上のファンが詰めかけた告別式会場には、2年前に週刊誌で3人が揃い踏みしたときの写真が巨大パネルとなって飾られた。郷と野口は、西城さんとの永遠の別れを惜しんだ。


「西城さんの死後、野口さんは何度も西城さんの自宅に足を運び、亡骸に語りかけたそうです。真っ赤に泣きはらした目で、何度も言葉に詰まりながら弔辞を読んでいました。一方の郷さんは、野口さんとは違って手元に原稿はなく、西城さんの遺影にささやきかけるようにしていました。そこに、それぞれの送り方があるように思えました」(前出・芸能関係者)


 今からおよそ45年前、全国の若い女性たちを「誰がいちばんか」で三分させるほどの爆発的な人気を誇った3人の出会いは、実に微笑ましいものだった。当時を知る芸能関係者が明かす。


◆「あの子、ひろみって名前らしいぜ!」


「秀樹と五郎、秀樹とひろみはそれぞれ面識がありましたが、五郎とひろみは直接顔を合わせたことがなかった。あるとき、五郎が秀樹の楽屋に駆け込んでいき“すごくかわいい女の子が撮影している”と興奮気味に言ったそうです。2人で見に行ったら、その“かわいい子”とは舞妓役を演じるため女装していたひろみ。“あの子、ひろみって名前らしいぜ!”と話す五郎に、“あんな太い眉の女の子いるわけがないよ”と、秀樹は冷静にツッコんだ。そのとき初めて3人が顔を合わせたそうです」



 同学年で、デビューもわずか1年違い。でも3人には、新御三家という言葉ではくくれない豊かな個性があった。


「かわいらしいひろみ、セクシーな秀樹、品のよさが魅力の五郎。三者三様の魅力は今でいう『キャラ被り』をしていなかった。一方で、レコード大賞などの賞レースでは誰かが受賞すればあとの2人は受賞できず、ランキング形式の歌番組で誰かが1位なら他は2位以下。無意識に強烈なライバル意識を持ってしまうのもしょうがなかったのかもしれません」(前出・芸能関係者)


「よき仲間」という周囲の印象の一方で、当の本人たちは複雑な思いも抱えていた。


「秀樹と五郎は、2002年にそれぞれの第1子がわずか2日違いで生まれたこともあって、家族ぐるみのつきあいをしていました。それに対してひろみはストイックにわが道を行くタイプで、秀樹が“あまり周りと打ち解けない”とひろみのことを言っているのを聞いたこともあります。1980年代後半にひろみがニューヨークに拠点を移したこともあって、3人が常に等距離にあったというわけでもありません。それでも、アイドルという年齢を過ぎても顔を合わせれば通じる部分がある。深いところでつながった“戦友”のような関係でした」(別の芸能関係者)


 3人だけが知る、3人だけの強い絆。秀樹を送った2人の姿と言葉には、それが滲み出ていた。


※女性セブン2018年6月14日号

NEWSポストセブン

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