平野啓一郎「なぜ母は自分を残し、死を選ぼうとしたのか。“本心”を追い求めて」

6月10日(木)15時10分 婦人公論.jp


作家・平野啓一郎さん(撮影:帆刈一哉)

「対人関係ごとに見せる複数の顔すべてが『本当の自分』であるという『分人主義』を提唱しているんです」。作家・平野啓一郎さんが新作小説『本心』に込めた想いはーー(撮影=帆刈一哉 構成=野本由起)

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なぜ母は自分を残し、死を選ぼうとしたのか


この小説の舞台は、「自由死」という無条件の安楽死が合法化された近未来です。主人公の朔也は、女手一つで自分を育ててくれた母から「自由死」を望んでいると告げられます。「もう十分に生きたから」という母の言葉を受け入れられずにいたある日、不慮の事故で母が亡くなる。天涯孤独になった朔也は、本物そっくりのVF(バーチャル・フィギュア)として〈母〉を再生し、本心を探ろうとします。なぜ母は自分を残し、死を選ぼうとしたのかと。

実際にオランダなど一部の国では安楽死が認められています。確かに死の瞬間を自分で決めることができれば、孤独に死ぬこともなく、愛する家族と死を分かち合える。でも死の自己決定において本心を見定めるのは難しく、危うさをはらんでいます。答えの出ない問題だからこそ、小説を通して考える価値があると思いました。

高齢化が進む日本でも、今後安楽死をめぐる議論が活発になるでしょう。私は優生思想的な安楽死には強く反対で、人間の生を肯定しています。死を神秘化することには違和感があるし、逆に社会が「死は何でもないこと」と扱うのも怖い。その中間に、リアルな死があるのではないかと思います。


『本心』平野啓一郎 文藝春秋

人の“本心”はつくづくわからないもの


作中の世界は現在と地続きで、貧富の格差が固定化し、弱者が肯定感を持てない社会。未来と言わず、今を生きるのに精一杯な方は少なくありません。でも、自分を責めないでほしい。生活が苦しいのは、自己責任ではなく社会的要因が大きいのですから。自尊心を持てない方は、他者からの承認を求めるだけではなく、他者への小さな手助けを重ねてみてください。自分の価値を少しずつ信じられるようになります。

近年私は、たった一つの「本当の自分」など存在せず、対人関係ごとに見せる複数の顔すべてが「本当の自分」であるという「分人主義」を提唱しています。この小説でも、朔也の母が過去にどんな顔を見せていたかを浮かびあがらせました。朔也も依頼人に体を貸して命令通りに動く“リアル・アバター”の仕事をしながら、母の友人、車椅子のIT長者、ミャンマー人のコンビニ店員、母と縁ある作家と出会い、自分自身と向き合うことになります。

人の“本心”はつくづくわからないものです。最愛の母のことも100%理解することはできない。しかしそれでもわかろうと試みる。その揺らぎの中で、「他者であってもそこに愛はあるんだ」と次第にわかってくる。そんな“最愛の人の他者性”も、テーマの一つです。

婦人公論.jp

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