弘道会最強の行動部隊「十仁会」の情報収集力と戦闘力

6月13日(月)16時0分 NEWSポストセブン

山口組の分裂騒動は続く

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 山口組の分裂騒動から両派の抗争が続いているが、5月31日に岡山市で池田組の高木忠若頭が射殺された事件で、捜査関係者の間では早い段階から事件と「弘道会」の関連が注視されていた。事件の3日後には、兵庫県警が神戸市内にある弘道会の関係先に家宅捜索に入っている。


「表向きは弘道会傘下の組織の組長が起こした暴行事件に絡んでの捜索と発表されましたが、タイミングからして岡山の射殺事件に関する情報収集が県警サイドの目的だったとみられています」(地元紙記者)


 実際、6月5日には池田組幹部射殺事件の実行犯として、岡山南署に弘道会傘下の高山組組員である山本英之・容疑者が出頭。殺人・銃刀法違反容疑で逮捕されている。


 なぜ早くから弘道会の名前が挙がっていたのか。暴力団の実態に詳しいジャーナリスト・伊藤博敏氏が解説する。


「名古屋市に本部を置く弘道会は、六代目山口組の司忍・組長、ナンバー2で現在収監中の高山清司・若頭の出身母体であり、現在は竹内照明・会長(六代目山口組若頭補佐)がトップです。六代目側の中核的組織であり、抗争に備えての徹底した情報収集網、いざ抗争が始まった時に一気に相手を攻め立てる手法を高山若頭が中心になって構築してきたことで知られています。


 今回の池田組幹部が射殺された事件でも、現場近辺を弘道会の人物が事前に調査をしていたという情報があります」


 その弘道会の特質を象徴する存在といわれるのが、精鋭メンバーで構成されてきた極秘戦闘組織「十仁会」だ。伊藤氏が続ける。


「十仁会には、弘道会の系列組織から知力と体力を備え、組織への忠誠心の高い人員が選ばれてきた。尾行や盗聴などの“隠密行動”を取ることになるので、選抜にあたっては前科がなく、対立する組織や警察にマークされていないことも重視されます。また、いざ抗争になった時のために海外で武器を扱う訓練を積んでいるともいわれている」


 そうした情報収集によって、対立組織の事務所やフロント企業の所在地などはもちろんのこと、幹部一人ひとりの自宅、愛人宅、行きつけの飲食店などの場所を含む日々の行動パターンが細かくデータベース化され、必要になった際は迅速に情報が引き出せるようになっているというのだ。


 その実力の一端を見せつけたのが、2003年4月に栃木県の運転代行業務の利権を巡り、弘道会系組織と住吉会系組織の間で抗争が起きた時のことだという。


「先に相手の事務所に保冷車を突っ込ませて仕掛けたのは住吉会系組織の側でしたが、それからわずか数時間のうちに電光石火の報復を受けた。組の事務所、関連する会社や麻雀店、組関連の住居などが相次いで襲撃を受け、幹部一人が射殺された。


 ここまで素早い報復は、事前の情報蓄積がなければ不可能なこと。高山若頭は、抗争は情報戦だということを誰よりも理解して十仁会のような組織を整備していた」(当時を知る捜査関係者)


 情報収集の対象は、対立する暴力団にとどまらない。


「警察無線の傍受などによって当局の弘道会対策の内情を調べたり、捜査員を尾行するなどして自宅や車のナンバー、家族構成まで把握して、それらを知っていることを匂わせて警察サイドにもプレッシャーを掛けていく手法もある」(前出・伊藤氏)


 かつて弘道会の組織図には十仁会の名も記されていたとされるが、「その活動内容が組織外にも知られるようになったため、今では存在自体が伏せられ、十仁会の名称は使われていない」(同前)という。


 ただし、その情報収集力、戦闘力は健在とされ、今回の分裂抗争においても存在が見え隠れする。


「撃たれた池田組の高木若頭は自宅マンションの場所だけでなく、“自分では車を運転せず、毎朝10時になると若い衆が駐車場まで迎えに来る”といった行動パターンまで細かく把握されていたようだ。


 だから狙いやすいと思われたのではないか。実行犯は一人だったが、組織的な動きとしてやっているなら、近くに見届け人もいたはずだ」(神戸山口組系三次団体幹部)


※週刊ポスト2016年6月24日号

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