阪急電鉄中吊り炎上騒動は「私鉄ナンバーワン給与」の産物か

6月13日(木)16時0分 NEWSポストセブン

阪急電鉄の社員の給与は大手私鉄トップだった

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 振り返ってみればなぜこんな事態が起こったのか、不思議に見えることはままあるが、今回も起きてしまった。阪急電鉄の炎上騒動。コラムニストのオバタカズユキ氏が指摘する。


 * * *

 金融庁の金融審議会が「夫婦が95歳まで生きるには2000万円を蓄える必要がある」といった旨を報告書に記載した。これに立憲民主党の辻元国対委員長が「100年安心詐欺だ」と批判するなど、野党が次の参議院選挙での最大の争点化を示唆。この状況に、自民党の二階幹事長が「誤解を与える」として、金融庁に強く抗議し、金融庁VS自民党という意外な対立図式が浮かび上がった。


 肝心の国民は、「なんにせよ、やっぱり老後は年金頼みで生きていけないのね」と将来の不安を今更ながら募らせていた。そして、それとほぼ同じ頃、以下の文言が並ぶ電車中吊り広告がネット上で大炎上した。


〈毎月50万円もらって毎日生きがいのない生活を送るか、30万円だけど仕事に行くのが楽しみで仕方がないという生活と、どっちがいいか。 研究機関研究者/80代〉


 これは、阪急電鉄が神戸線など3線で各1編成の車両を『はたらく言葉たち』という書籍から抜粋したメッセージで埋めた広告ジャック企画の一例だ。『はたらく言葉たち』は、阪急電鉄と共にこの企画を進めたパラドックスという企業ブランディングを手がける会社のメンバーが、「日本中のはたらく人々」を取材をした内容から、感銘を受けた言葉を厳選して収録したシリーズ書籍。パラドックス社のホームページは、大炎上の影響か、このコラムの執筆時点、閲覧不能となっている。


 実在する人物であるらしい「研究機関研究者/80代」の言葉に、ネット民たちは何を感じ、どんな言葉をぶつけたのか。この広告をツイッターで取り上げてバズったケースはいくつかあるようだが、筆者が見渡した限り、もっとも代表的な意見だと思われたのは、1万件以上のリツイートがされた「あさつゆ」さんというアカウントの6月10日のツイートだ。


〈手取り30万が低所得扱いされてる事に衝撃を受けたと同時に、こんな考えの人達の年金に余裕で手取り30万以下の若者の金が吸い取られてるのかと思うとやるせなさが凄い〉


「あさつゆ」は、シングル2児ママの「あさぎ」さんと、同棲後妊活予定という「つゆ」さんとの共同アカウントなのだが、上記ツイート内容はいまの若い庶民層の感覚としてごく一般的で自然なものだと思う。月に30万円の収入を得るのは、そんなに簡単なことじゃないし、その金額を安月給の例として使う「研究機関研究者/80代」の感覚には、「バブル時代で時間が止まってるのか!?」と問い質したくなるようなズレがある。


「あさつゆ」さんのツイートに対して飛び交ったリプライは、たとえば以下のような言葉だ。


〈総支給でも月に30なんか超えた事ないです…〉

〈月手取り20万弱で毎日生き甲斐のない仕事やってる人はどうすりゃいいんでしょうね〉

〈夜勤込みで手取り20万いかないし、仕事に楽しみがあるわけでもない私はどうしろと言うのでしょうか?と言いたくなりました〉

〈氷河期世代の私、流石にこれは無いと思いますね。今迄、最高でもトラック運転手時代の22万しか貰えなかったのに。今は派遣の仕事で週2日休みで16万程度。この作者は上級国民ですかね…〉


〈介護職の人は手取り20万以上いったらすごいって言われる世界ですよ! 年収200万ですけど? そういう業界の人たちはどうすれば?夜勤して日勤して排泄処理して入浴介助して 亡くなればその後の処置もして それでも年収200万の業界の人たちはどうすれば?〉


 こうした反応をした人たちは、日本全体から見たら低所得者層のうちに入るのかもしれない。しかし、その層は確実にぶ厚く存在する。けっしてマイノリティではなく、ひとつのボリューム層である。


 ちなみに、「あさつゆ」さんは、ツイッターで流れていた別のツイートでこの広告の存在を知ったとのこと。その元ツイにあたる、「浅倉ももさんのMV見てください」さんのアカウントは、以下を6月9日にツイートし、4万を超えるリツイートでバズっている。


〈阪急電車でやってるはたらく言葉ってキャンペーン的なやつで、電車の広告が全部ありがたーいお言葉に変わってるんやけどまじで酷いよこれ。なんで炎上してないのかわからない。本当に酷い。全部こんな調子だから疲れてる時に見たら普通に吐き気する〉


 たしかに「こんな調子」の言葉の広告がびっしり並ぶ電車に揺られたら、悪酔いをしそうだと筆者も思う。どうしてこれほどセンスの悪い広告ジャック企画が成立したのだろうか。元本の書籍制作者でもあるパラドックスという会社もおかしいが、より決定権を持っていたであろう阪急電鉄の感覚が疑われる。


 大炎上を受けて、広告ジャック企画を日程前倒しで中止。毎日新聞によれば、その説明として阪急電鉄はこんな話をしている。


〈通勤や通学利用が多く、働く人々を応援したいという意図で企画した。社内で掲載文を選ぶ過程で、不愉快な思いをさせてしまうかもしれないという指摘や懸念はまったくなかった〉


 この話には意表を突かれた。「毎月50万円もらって〜」の言葉を選出する際、社内に「大丈夫だろうか」などの〈指摘や懸念はまったくなかった〉とは! 本音を隠さない正直な会社ではあるのかもしれないが、一般世間からだいぶズレてしまっている。


 電鉄会社の仕事は、安全で正確な電車の運行を管理するだけでなく、沿線住民を中心とした人々の生活を知り、そのニーズに応えるさまざまな事業を展開することである。阪急といえば、沿線に高級住宅地が多い私鉄として知られている。が、だからといって高所得者ばかりが利用しているわけではない。阪急の顧客の中には中所得〜低所得層だって、もちろんたくさんいる。


 広告ジャック企画の担当者がたまたま感覚のズレた社員ばかりだったのか。だとしても、チェックの目は社内にいろいろあったはずだ。ならば、おかしいと思っても横から口を挟めない風通しの悪い会社なのか。


 いや、それにしても……と調べていたら、2016年7月13日配信の東洋経済オンラインに、〈鉄道事業を営む203社「平均年収」ランキング〉という記事があることを発見した。同記事によると、阪急電鉄の給料が予想以上にいいのである。


 大手私鉄16社の平均年収において、トップの830万円。2位は京王電鉄の757万円、3位は東京急行電鉄の751万円で、阪急電鉄だけが800万円台である(元データは国土交通省の「平成25年版鉄道統計年報」)。平均年収が830万円ということは、年収1000万円超え社員も普通にごろごろいるということになる。


 自分たちが毎月50万くらい楽勝で給料をもらっているから、あんな広告をなんのためらいもなく作ってしまったのか……。あの広告は阪急社員の金銭感覚の表れか……。あまりにも分りやすい理由で、どっと疲れてしまった。と同時に、こう思った。


 日本社会が分断されている。ありとあらゆる情報をこれだけ大量かつ容易に入手できる今日においても、多くの人々は、半径数メートル、もしくは社屋1つぶんの世界でばかり生きている。


 同じ会社の同僚たち、同じ大学(専門学校、高校……)の同窓生たち、同じエリアの住民たちなどで形成される同質社会の外を知らない。例えば、ニュースで子供の貧困が大変だと聞いていて、どうにかすべきだと思ったことがあったとしても、それはあくまで他人事で直接は見たこともない世界の話。自分と異なる階層にいる人々の営みをほとんど知らないし、想像力を働かせて考えたこともない。


 日本という国には、そういうアッパーミドル(中流階級の上位層)が実に多いと思う。その結果、今回の大炎上のようなズレたことを一流大企業が悪気なくやらかしてしまう。一億総中流社会は、本当に遠い昔話である。

NEWSポストセブン

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