立川談春 レア演目『吉住万蔵』に新しい生命を吹き込む

6月15日(土)16時0分 NEWSポストセブン

立川談春の魅力を解説

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 音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、立川談春が新たな生命を吹き込んだ、「儲からない噺」として観客の前で演じられることがほとんどないレア演目『吉住万蔵』についてお届けする。


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 立川談春が座席数1082の浅草公会堂で5月に3日間連続の独演会を始めたのは2017年のこと。今年は6〜8日で、ネタ出しは『吉住万蔵』。これには驚いた。


『吉住万蔵』は六代目三遊亭圓生が講釈師の四代目邑井貞吉から教わって独自に磨き上げ、新たにサゲを考案したもの。スタジオ録音が「圓生百席」にCD2枚分で収められているが、実際に圓生が観客の前で演ったのは3回くらいだという。圓生以降ほとんど誰も演ろうとしない、非常にレアな演目である。


 江戸の鳴物師、吉住万蔵が熊谷の扇屋という宿屋の娘お稲と一夜を共にし、再会を約束して江戸に帰っていく。やがてお稲のことは忘れてしまった万蔵だが、高崎への旅の途中ふと思い出し、熊谷に寄ってみるとお稲が万蔵の子を宿して自害したと聞かされる。


 寺の住職は万蔵に「怨霊にとり殺されたくなければ墓の前で念仏を唱えて通夜をしろ。ただし通夜の最中に声を出したら命はない」と言う。万蔵は通夜をするが、耳元で「悔しいー」という声がして思わず声を上げると目が覚めた。お稲の自害は夢だったのだ……というのが前半。圓生の弟子の圓窓は、これを夢にせず、万蔵が死ぬ『通夜の烏』という怪談噺として演じた。


 悪夢を見た万蔵が慌てて熊谷に行くと、扇屋は破産して一家は江戸に行ったという。その後万蔵は吉原で花魁となったお稲と再会、いい仲になるが、お稲に起請文をもらった勝吉という客が嫉妬に狂い、お稲を刺し殺して無理心中。親戚一同でお稲と勝吉を一緒に埋めた。お稲の戒名を借りてきた万蔵が自室で通夜をして、戒名に「あの世で一緒になろう」と語りかけると、途端に蝋燭の火が伸びて、戒名を燃やしてしまった。実はその戒名、お稲ではなく勝吉のものだったのである。「その言葉を聞いたら、勝吉が妬ける(焼ける)のも当たり前だ」でサゲ。


 誰も演らないのも無理はない。まず前半は演じるのが難しく、後半はお稲があまりに可哀相で、現代の観客の共感は得られそうにない。


 その「儲からない噺」に談春は大舞台で果敢に挑み、見事に「万蔵とお稲の純愛物語」として描いた。戒名に万蔵が語りかける場面は、談春の『たちきり』で位牌に語りかける若旦那にも通じる「誠」が感じられて、実にいい。ここで万蔵にグッと感情移入できるので、あのサゲが心地好いカタルシスを与えてくれるのである。この噺で、こんなに素敵な感動の余韻を与えてくれるとは凄い。談春によって『吉住万蔵』に新たな生命が吹き込まれた。


●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。


※週刊ポスト2019年6月21日号

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