「実家の墓じまいをしたいんだ」余命宣告を受けた夫。最後の共同作業は墓探しだった

6月17日(木)13時10分 婦人公論.jp


イラスト:コーチはじめ

先祖代々の墓を守るというプレッシャーをかんじる、あの人と同じ墓に入りたくない……。お墓の悩みを抱える人は少なくありません。井川さん(仮名)は、余命宣告をされた夫に、「実家の墓じまいをして、自宅近くに新しい墓を建てて移さないか」と言われました。果たしてその顛末はーー

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この人と同じ墓には入りたくない!


私が嫁いだ先は、昔ながらの家制度が受け継がれていた。ただ、県内とはいえ離れた場所に住む義父母や親戚と顔を合わせるのは冠婚葬祭のときぐらいなので、《無難な嫁》としてつきあっていれば問題はない。

しかし10年前、私の母が末期の胃がんであることがわかった。毎日病院へ通う私に、見舞いにやってきた姑が、「いつか、私を介護するときの練習だと思ってやってね」とのたまった。実の母親が余命わずかな人に対する言葉だろうか? 怒りから、我慢していた気持ちがプツンと切れる。そのとき、49歳にして初めて思った。この人と同じ墓には入りたくない! と。

母のあとは父、そして姑を相次いで見送った。その間私は、自分のお墓のイメージを着々と作り上げていく。できれば散骨がいいが、樹木葬も悪くない、等々。夫とお墓の話はしなかった。長男の彼は、当然のように両親と同じ墓へ入ると思っていたからだ。いつか墓のことを考えるときがきたら、私だけ散骨か樹木葬にしてと頼もうか、と考えていた。

「実家の墓じまいをして、新しい墓を建てないか?」


2年前、そんな夫への見方が180度変わる出来事が起こる。夫が末期のすい臓がんと診断されたのだ。余命わずかと知った夫がまず心配したのは、お墓のことだった。

夫の実家は県内の沿岸部、自宅から車で2時間の場所にある。若い時は「老後は地元に戻る」と言っていた夫だが、東日本大震災による津波の被害が大きかったこともあり、今の土地で最後まで過ごすと決めたようだ。

「実家の墓じまいをして、自宅近くに新しい墓を建てて移さないか」と言う。今は年に一度お参りするのがせいぜいだが、近くに移せば息子たちもまめに来てくれて、将来の負担が少ないと思う、というのが夫の考えだった。

夫が実家の墓に執着しなかったことに驚いたが、むしろありがたい。さっそく義姉に相談したところ、「私はかまわないわよ」と賛成してくれたため、準備を始めた。

ほかへ埋葬させないという住職からの圧力


2人で墓地を見て回り、見晴らしのよい市営の墓所を購入できることに。初期費用の10万円に、墓石代90万円。墓じまいをして遺骨を移すのに40万円。合計140万円かかったが、想定していた予算内で、「安くすんでよかったね」と言い合った。めどが立ち、夫は安心したのかもしれない。その3ヵ月後にあっけなく旅立った。

葬儀の日のこと。わが家が檀家となっている寺の住職が、いきなり「埋葬許可証を預かりたい」と切り出した。ほかへ埋葬させないという圧力を感じる。まだ墓所しか購入しておらず、墓石のことは葬儀が終わってからと考えていた私はうろたえてしまったが、夫の意向を伝え、埋葬許可証は渡さなかった。住職は渋い顔をしていたが……。

葬儀が終わると、石材店から次々と届くダイレクトメールに驚かされる。直接自宅にやってくる業者もいて辟易したので、結局、親戚が勤めている石材店にお願いした。

お墓を移すとなると、さまざまな手続きが必要だった。一つは改葬許可申請書の提出。必要事項を記入のうえ、現在の墓地の管理者、つまり例の住職の署名と捺印が必要になる。申請書には、埋葬されている全員の死亡日、火葬日などを書く欄があった。

舅は私の嫁ぐ前に亡くなっていたため、火葬の日などわからない。義姉も覚えていないと言うので、曖昧な日付を記入した。夫の実家は分家だから義父母だけで済んだが、これが本家なら何十人分も書かされたかもしれない。そう考えると、ぞっとする。

お布施の額は、ネット上で得た情報を頼りに


墓じまいのときに高額な離檀料を請求されることもある、とテレビで見たので不安だったが、特にトラブルもなく進められた。どうしてもわからなかったお布施の額は、ネット上で得た情報を頼りに、10万円にした。

コロナ下ということもあり、墓じまいは昨秋、私と次男でひっそりと行った。菩提寺を訪ねて、墓前で住職に供養をしてもらう。義父母のお骨は、改葬を請け負った業者がいったん引き取った。納骨日まで保管してくれるのだ。帰り際、「もうここに来ることもない」と感慨がこみ上げた。一つの歴史が終わった気がする。次男は、「さみしいね」と呟いた。

墓石ができたと石材店から連絡が入り、見にいくと、ピンクがかった石に桜の絵が刻んである。「井川家」としたものの、家紋は入れなかった。私が選んだ、私たちのお墓だ。以前あれだけ一緒のお墓に入りたくないと思っていた義父母に対する気持ちも、この墓計画を進めるうちに、軟化していた。「私たちが建てたお墓に、入れてあげる」と思えるようになった。

いまの私に、墓への思い入れはとくにない。だが、若くして亡くなった夫の最後の望みだから、新しい墓前で供養をしてあげたかった。お墓は、遺された者たちのやるせない気持ちを癒やしてくれる場所。そう気づかされる。

これで本当によかったのか。いまも、ときどき考える。夫が生きている間に墓計画を進めたかったこともあり、息子たちの意思をはっきり聞いていないからだ。29歳の長男は遠方で働いており、10歳下の次男はまだ学生。どちらも墓を守れない可能性はある。負担をかけたくないから、墓地は、管理費が年2000円と少額の公営にし、寺の檀家にもならなかった。墓じまいする場合も楽なのではないか。

いずれ、息子たちが結婚するときが来たら、きちんと話し合わなくてはと思っている。墓を建てたことは、私と夫の自己満足なのかもしれない。だが、夫の思いがこもったあのお墓なら、守ろうと思ってくれるのではないかと、かすかな望みを捨てきれない自分もいる。

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