伍代夏子「初の喉の不調が発声障害。夫・杉良太郎との夫婦関係も見直して」〈独占告白、全公開〉

6月18日(金)12時20分 婦人公論.jp


「しゃべるのに、それまでの倍くらいの力が必要になりました。声を出すだけで疲れる。収録中のなにげない会話や説明が面倒くさい。だから、どんどんしゃべりたくなくなる。」(撮影:大河内禎)

〈6月18日の『徹子の部屋』に登場〉喉のジストニアの一種である痙攣性発声障害を患っていると、伍代夏子さんが自身のホームページで明かしたのは3月2日のこと。芸能界では、同様の病に苦しみながらも公にしない人が多いと言われています。歌手にとって、声はまさに命。それでも病名の公表に踏み切った理由、そして不調に気づいてからの日々とは(構成=平林理恵 撮影=大河内禎)

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声がかすれる、かれる、大きい声が出ない…


あれは2年ほど前、バラエティ番組の収録中のことでした。共演者のみなさんとしゃべっているときに突然、自分の声の音量が半分になった感覚があったんです。やだ私、疲れちゃったんだわ。そう思いながら、ささやくような声をふり絞って仕事を終えました。

歌声に影響がないので気に留めなかったのですが、振り返ればこのころから、声がかすれる、かれる、大きい声が出ない……といった症状が出はじめていたように思います。

しゃべるのに、それまでの倍くらいの力が必要になりました。声を出すだけで疲れる。収録中のなにげない会話や説明が面倒くさい。だから、どんどんしゃべりたくなくなる。それでいて、歌声はいままで通り。どうしちゃったんだろう、と心配になりました。

私、これまでの歌手人生で、喉に不調を感じたことが一度もなかったんです。かかりつけのお医者様もいないので、当然のことながら、最初に駆け込んだのは耳鼻咽喉科でした。

まず、疑われたのは逆流性食道炎。寝ている間に胃酸が喉に上がってきて、声帯を刺激しているのではないか、と。寝る直前まで食べていませんか、とかお酒が多いのでは、と問われれば、まあ思い当たることばかりじゃないですか。(笑)

そこで消化器内科で胃カメラを撮ったのですが、異常はなし。胃の粘膜に異常が認められないのに不調を感じる機能性ディスペプシアの疑いも、まもなく晴れました。

心因性の病気とは思いたくなかった


高齢になるにつれ、誰しも声は変わっていきます。歌い手でもない限り、特に気になさらない方のほうが多いのでしょうが、生活習慣が原因で胃酸が食道を逆流する声嗄れとか、声帯萎縮とか。そういう類もすべて調べましたが、どれも当てはまりませんでした。

あちこち病院に行くうち、ストレスが原因じゃないか、と言われるようになりました。でも、「それは違う!」と撥ねつけましたね。自分はストレスからほど遠い人間だと思っていましたし、心因性の病気にかかるなんて、私に限ってありえない。そう思いたいところもあったのでしょう。

試しに「グチのつぼ」というのをスタッフが買ってきてくれたので、他人にぶつけられないことを壺のなかに大声で吐き出したり、日々の不満を日記に書き出したりしたこともあります。でも、そんな自分で認識できるストレスを並べても、声が出るようにはならないだろう、と思いました。

たどり着いたのが喉の「ジストニア」


歌手である以上、年齢を重ねればこんな声になるものよ、と諦めるわけにはいきません。歌に影響はなくても、しゃべることが億劫なんて、生活するうえでやっぱり不都合じゃないですか。

私は猛然と喉の病気について調べるようになりました。症状が似ている病気を洗い出して、情報を集めて読み込み、疑問点はお医者様に質問して症状と照らし合わせ、可能性のないものは一緒に消去していく。

その結果、ようやくたどり着いたのが喉の「ジストニア」でした。ジストニアとは、意思と無関係に筋肉が収縮してしまう病気で、指令を出す脳の過活動によって起こる、と言われています。症状が全身に出るタイプと、字を書こうとすると手が震えて書けなくなる「書痙(しょけい)」などの局所的なタイプとがあり、私は後者。

症状の出る部位はさまざまです。ただ、ギタリストなら指先、ピッチャーならボールを握るほうの手、という具合に、その人にとって命の次に大事なところに出る傾向があるんじゃないでしょうか。

首を絞められているような圧がある


私の場合、発声しようと集中すると、声帯の筋肉が過度に緊張して喉がしまってしまうらしいのです。確かに、「用意、ハイ」とカメラが回り始めるとろれつが回らなくなる経験をしていました。ただそれよりも、心因性じゃない可能性があると思うことで、まずは病名を受け入れられたような気がします。

当時の私の喉がどうなっていたかと言うと、ベロの根っこあたりの首筋の両脇に、コリンコリンに丸くなった筋肉の張りができていたんです。ものすごく痛くて、しゃべりにくいと思うときには、これが大きくなって、ぐぐぅと迫ってくる、とでもいうのでしょうか。下顎がひっぱられて、いつも誰かに首を絞められているような圧がある。だから声が出ないし、出そうとするとすごく疲れる。

しかし、病名がわかってからの道のりも長いものでした。というのも、私にとって納得できる治療法が見つからないまま、いまに至るからです。投薬治療からはじめたのですが、これは私に合いませんでした。緊張を和らげるために出される安定剤を飲むと、ぼーっとして思考力が落ちます。仕事にならないから、かえって緊張が増すような気がして。結局、薬はやめてしまいました。

外科手術による根治の可能性も探りましたよ。ただ歌手の場合、バイブレーションやコブシなど細かい発声にまで影響の出ない手術は難しい、とのことでした。

世の中はコロナ禍。舞台やコンサートもどんどんなくなっています。できれば誰にも気づかれないうちに、治したかった。騙し騙し仕事をしながら、何か効くものはないか、治せなくても対処法があれば、と探し続けるしかありませんでした。

カイロプラクティックで受けたセラピーで


有名な鍼の先生の施術、カイロプラクティック、催眠療法……。ときには、拝んでもらったこともあります。ありがたいパワーを持っている棒で、患部を血が出るほどこする、というヘンな療法も受けちゃいました。(笑)

お医者様たちからは、「そんなことはやめて、きちんとお薬を飲んでください」と言われました。でも、脳の機能性障害なのだからストレスとは関係ない、と言う先生もいれば、ストレスで脳が混乱していると診る先生もいて。ただただ「心因性」と言われたくない一心の私は、誰のことも信じられなくなっていたんです。

そんなある日、カイロプラクティックで受けたセラピーで面白い経験ができました。それはアクティベータという機器を使い、関節に振動刺激を与えて血流をよくしたあと、ある一定の言葉やシチュエーションに体がどう反応するかを見ていくもの。無意識に体が緊張する瞬間を探るんだそうです。私はこういう性格なので(笑)、ハナから疑いの目を向け、「ものは試し」くらいの気分で出かけました。

そこで、実家のことを聞かれたんです。私は父と母と姉の4人家族だったのですが、ほかの誰にも体が反応しないのに、父のときにだけ足が反応すると言われました。

「お父さんに対して、イヤな記憶はありますか」と聞かれるものの、まったくない。父は魚屋で威厳もあり、いわゆる昭和のお父さんみたいな人だったから怒られたこともたくさんあります。でも私にとっては優しくて大好きな父でした。

「なんでそんなことを聞くんだろう?」と、よりいっそう疑いを強くしていると、「お父さんが帰ってくるまで食事に箸をつけない、お父さんは一家の大黒柱……そういう、あなたにとって誇りだった家族のあり方はすりこまれたものなんじゃないですか」と言われました。

夫と相談して、自宅にはじめて私の部屋をつくった


だから結婚後は、夫(杉良太郎さん)にとって家が居心地のいい空間になるように努力したり、自分が食べたいものより夫が食べたいものを優先している。そういういまの夫婦関係は、無意識に両親から植えつけられたものだったのではないか、それに縛られていないか、と言うんです。

「それっていいことじゃないですか」。つい、私は反論しました。でも「これは、あなたが無意識に負担に感じていること、ほかにしたいと思っていることをただ見つけていく作業ですよ」と言われたとき、ハッとしたんです。

本当の私は誰にもわからない。でもよく考えてみたら、私はひとりの時間がすごく好きだったなあ、と思って。それまで、夫とは仕事以外の時間を常に一緒に過ごしてきたので、ひとまず「自分の部屋がほしいかも」と相談して、自宅にはじめて私の部屋をつくらせてもらいました。

そういう気づきを繰り返して、私の発声障害は、ストレスも少しは影響していたのかもしれない、ということを受け入れられるようになっていったんです。

これ以上、病状を隠せない


コロナ禍も落ち着き、収録も増えてきたころ、ボツリヌストキシン注射をして、筋肉の過度な動きを抑える治療法を勧められました。ダウンタイム(施術から回復までの期間)は約2週間とのことだったので、すでに入っている仕事のスケジュールなども考慮し、思い切って2021年1月初旬にこの注射を打つことに。

ところが、想像以上にダウンタイムが長くかかってしまって。2月中旬、歌番組のリハーサルで歌ってみたら声は出ないし、音程がまったくとれませんでした。「これが私の歌声だなんて」とショックでボロボロ涙は出てくるし、当然、仕事はキャンセルせざるをえません。半ばドタキャンのようになり、各方面にたいへんなご迷惑をかけてしまったのです。

本来であればもうダウンタイムは終わり、絶好調の歌声になっているはずなのに、いまも私の歌声は元に戻りません。会話に支障があっただけの不調が、歌声にまで及んでしまった。これ以上、病状を隠し続けることはできませんでした。


「会話に支障があっただけの不調が、歌声にまで及んでしまった。これ以上、病状を隠し続けることはできませんでした。」

歌手としてマイナスな情報になるのでは、とスタッフは心配してくれましたが、いまとなっては公にしてよかったと思っています。私自身どこかホッとできたし、同じ病気で苦しんでいる人から「公表してくれてありがとう」といった言葉もたくさんいただきました。「歌わなくていいから司会をして」と言ってもらったときは、それでもいいんだ、と嬉しかったです。

いまの対処法としては、定期的な注射を続けていくのと、音声外来でボイストレーニングを受けること。あとは手探りで病気とつきあっていくしかなさそうです。

私の場合、ファルセット(裏声)はきれいに発声できるので、ボイトレの先生から「裏声でしゃべるトレーニングをしたら?」と勧められたことがありました。

でも、そんなの絶対イヤですよね。病気になる前の声を取り戻したくて頑張っているのに、裏声でしゃべり続ければいい、なんて。声は、誰よりも本人が一番敏感なものです。そこに歌手だとか、一般の人だとかは関係ないような気がします。

「せっかくゆっくりできるんだから」と夫


こういう、同じ病気になった人にしかわからない気持ちに、今後は寄り添っていきたいですね。「神様が休めと言っているのよ」と声をかけてくださる人もいますが、私は仕事を「休む」のではなく、この時間も誰かのために役立てられたら、という思いでいっぱいなんです。

夫はいまの私の状況を理解して、「せっかくゆっくりできるんだから、どこへ行きたい?」と聞いてくれます。ずっと思いつかなかったのですが、ちょうど昨夜、『ダーウィンが来た!』の録画を観ていて、カメラ好きの血が騒いだのか、「アフリカに行きたい」と思いました(笑)。

シマウマを狙うチーターの映像が流れたとき、「カメラをどこに置いて撮ってるんだろう」という話になって。ベージュ色に広がるサバンナのなかの緑をみて、「あ、私だったらあの緑に隠れて撮る!」と思ったんです。

本当に久々に、むくむくと、やってみたいことが湧いてきました。こんな気持ちで、病気とうまくつきあい、ときに忘れながら、毎日を過ごしていけたら、と思います。

婦人公論.jp

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