センターマイク無視の"上空漫才"で『M−1』前哨戦を制覇! 隣人「お笑いも時代は二刀流です」【オール巨人も激推しする「未来のM−1王者候補」連続インタビュー①】

6月18日(金)6時10分 週プレNEWS

ツッコミの中村遊直(32歳/左)とボケの橋本市民球場(28歳/右)が2013年に結成。NSC大阪34期で同期には、さや香、蛙亭などがいる。2018年から3年連続で『キングオブコント』準々決勝まで進出。今年、『第10回ytv漫才新人賞』で優勝
ツッコミの中村遊直(32歳/左)とボケの橋本市民球場(28歳/右)が2013年に結成。NSC大阪34期で同期には、さや香、蛙亭などがいる。2018年から3年連続で『キングオブコント』準々決勝まで進出。今年、『第10回ytv漫才新人賞』で優勝

今年2月、関西芸人の登竜門であり『M−1グランプリ』の前哨戦ともいわれる『ytv漫才新人賞決定戦』で優勝。関西ではコント師として定評のあった隣人(りんじん)のふたり、橋本市民球場(はしもと・しみんきゅうじょう)と中村遊直(なかむら・しょーとらいなー)が漫才界にも殴り込みをかける!

【画像】漫才界にも殴り込みをかける隣人

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■一番自信のあるコントネタを漫才に

——今年2月、『ytv漫才新人賞決定戦』(以下、ytv)で優勝されたとき、審査員長のオール巨人師匠が「こんなおもろいコンビをなんで今まで知らんかったんやろう」と首をかしげていました。これまでは漫才よりもコントの比重が大きかったんですよね。

橋本 2013年にコンビを結成して、最初の1年くらいは漫才をやっていたんですが、箸にも棒にもかからなくて......。

それで15年に初めて『キングオブコント』に挑戦したときに作った「スカイダイビング」というネタが死ぬほどウケたので、コントのほうが向いてるんかなと思ってそれからはコントばっかり作るようになったんです。

——今年、ytvで披露した「スカイダイビング」は、そんなに早い時期にできていたんですね。しかも、もともとはコントネタだったと。このネタは修学旅行で先生と生徒がスカイダイビングを体験するというものですが、ytvのときは客席も審査員席も大爆笑でした。序盤の「上空ジョーク」というダジャレも何度聞いても笑ってしまいます。

橋本 あそこで、その日の「笑い量」を測れるんです。

——でも、なぜコントを漫才にしようと思ったのですか。

中村 去年の『M−1』の2回戦の直前に、やったネタが期間限定でユーチューブで配信されると知ったんです。残るんやったら話題になったほうがええな、と。それで僕らの中で一番自信のあるコントネタを漫才にしたんです。

——そんなに簡単に作り変えられるものなのですか。

橋本 入りを変えただけで、あとはほとんど変えてないですからね。

中村 もともとめちゃめちゃやりとりの多いコントだったので、漫才にしてもほとんど違和感がなかったんです。

——「スカイダイビング」は動きの多いネタで、センターマイクをほぼ無視しています。あんな型破りなネタをすることに抵抗感はなかったですか。

橋本 まったくなかったですね。マイクを無視しているところも笑ってもらえると思っていたので。コントのときは学習机を用意して、その上で腹ばいになって空中感を出していたんですけど、漫才では小道具を使えないので床の上に直接、腹ばいになった。あれも結果的にうまくいったと思います。

——あの姿が笑えて仕方ありませんでした。"上空漫才"は漫才史上に残る大発明では。

橋本 ネタに関してだけはとがってきたので、それはよかったのかなと。とにかく、アホらしいことをやりたいんですよね。

中村 無理にお客さんに合わせにいかんというか。だからかお客さんの投票で順位を決める若手のライブとかではこれまでは1位を獲ったことがなくて。ytvが人生初の1位だったのでめちゃめちゃうれしかったですね。

■「コント・漫才の二刀流がカッコいい」

橋本は「いかにも漫才師っぽいことはしたくないので、入りの『はい、どーもー』と締めの『もうええわ』は言いたくない」と話す
橋本は「いかにも漫才師っぽいことはしたくないので、入りの『はい、どーもー』と締めの『もうええわ』は言いたくない」と話す

——おふたりはコンビを組む前、それぞれ違うコンビで活動されていましたが、どんな経緯でコンビを組むことになったのですか。

中村 僕らはNSC(吉本興業の芸人養成所)の同期なんです。初めて橋本を見たとき、今すぐにでもこいつと組みたいと思いました。しゃべり方がおもしろいし、独特の存在感がありましたから。だからNSCを卒業して最初のコンビを解散したときに、すぐに口説きに走ったんです。

——ちょうど当時は橋本さんのコンビも解散しそうな雰囲気だったんですよね。

中村 そうです。ただ、橋本の実力は誰もが認めていたので結局、別のコと組むことになってしまった。それから僕は1年ぐらい作家の卵のようなことをしていて、ある日、ゴングショー(つまらなかったら途中で強制終了される方式の公開オーディション)で橋本らのネタを見る機会があって。そうしたら、ひとボケ目くらいで切られて。

橋本 あのときは30秒くらいやったな。

中村 これは弱ってるはずやと思って、口説くなら今だと、またアタックしたんです。

橋本 そこから半年ぐらいは当時のコンビを続けたんですが、結局、解散することになって。それで解散した日に、中村君にひとまず連絡してみて「どうや」と聞いたら「ええで」と言ってくれて。

——それにしても芸名からして、タダ者ではない感じが伝わってきます。橋本市民球場と、中村遊直(ショートライナー)って。

橋本 もとはツイッターのアカウント名で、「広島市民球場のようにみんなに愛されるように」とボケでつけてたんです。それで芸名どうする?ってなったときに、そのままいきます、と。

中村 それは僕もまったく同じです。

——ytvの後、オール巨人師匠が「今年のM−1決勝に隣人がいてもまったくおかしくない」と話していましたが、今後は漫才とコント、どちらをメインにされていくのでしょうか。

橋本 そこはあんまり意識していなくて、まずは設定を考えて、コントのほうがはまりそうだったらコントだし、漫才のほうがよさそうなら漫才にするという感じですかね。

ロングコートダディさんとか、ニッポンの社長さんとか、滝音(たきおん)さんとか、最近、僕らの近しい先輩はコントも漫才も両方やって両方とも結果を出している人が多いので刺激を受けますね。

中村 時代は二刀流ですよ。カッコいいですよね。

——M−1の前哨戦ともいわれるytvで優勝されてから、何か変化はありましたか。

橋本 優勝してから、月当たりのステージ数が4から20くらいに増えました。今はチャンスなので、とにかくサボらないでネタを作りたいです。

中村 今、一本、けっこう強めの設定ができて。たぶん、あれも漫才史上初ちゃうかな。

橋本 これからかわいがってあげて「スカイダイビング」を超えるネタにしてあげたいですね。

◆一度聴いたらクセになる"ハイスピード小声漫才"たくろう「キムタクイチローでたくろうです」【オール巨人も激推しする「未来のM−1王者候補」連続インタビュー②】

取材・文/中村 計 撮影/塩川真吾


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