ザ・スパイダースが「ビートルズの前座」を断った理由とは

6月19日(水)7時0分 NEWSポストセブン

「夕陽が泣いている」は120万枚を超える大ヒット

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 1960年代後半から1970年代前半にかけて一世を風靡したグループ・サウンズ(GS)。1961年に結成されたザ・スパイダースでベースを担当していた加藤充氏が、グループに加入したきっかけとビートルズの前座の話が来たときのエピソードを明かす。


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 10代の頃はギターを弾くといっても『湯の町エレジー』とか『影を慕いて』みたいな曲しかなくてね。そのうちFEN(在日米軍向けラジオ放送)から流れてくるハンク・ウイリアムスやハンク・スノウといったウエスタンの曲にのめり込んで……やがてサンズ・オブ・ウエストというバンドを組んでベースを弾くようになりました。その頃はウッド・ベースでした。後に京都では有名なナイト・クラブとなるジャズ喫茶「ベラミ」や大阪のジャズ喫茶「ナンバ一番」、三ノ宮の「月光」、神戸の「白馬車」とかに、電車で楽器を持って通ったものです。


 スパイダースに誘ってくれたのは克夫ちゃん(大野克夫)です。彼は後からサンズ・オブ・ウエストにスチールギターで入って来たんですけど、先にスパイダースにスカウトされて東京に行っていて、「今いるベースが体調壊しちゃったんで来てくれない?」と急に言ってきて。僕は将来、京都に帰って家業の寿司屋を継ごうと思っていたので、「2年だけ」というから引き受けたら、結局帰してもらえませんでした(笑い)。


 初期の頃は色んな外国人アーティストと共演しましたよ。エレキブームの時にはベンチャーズ、アストロノウツ、サファリーズ……新宿厚生年金会館でビーチ・ボーイズとも一緒にやりましたね。リバプールサウンドがブームになるとピーター&ゴードン、ハニーカムズ、アニマルズ。アニマルズといえば渋谷のリキパレスで彼らの前座をやった時、当時彼らの有名な曲だった『Boom Boom』って曲を先にやっちゃったんです。「まずいよ」って言ったんだけど、ムッシュが「オレ達のは向こうと違って踊りがついてるから構わないよ」って。イントロが始まったらボーカルのエリック・バードンが楽屋から出てきて、幕の間から見ていました(笑い)。


 ビートルズの前座の話も来たけど、断わりましたね。「ビートルズは客席で見るもんだ」って。色んな前座をやって懲りたってこともあったんですけどね。でもポール(マッカートニー)は、憧れのベーシストでした。


 ビートルズといえば、当時の仲間だったレーサーのサチオ(故・福澤幸雄)がスパイダースにとっての良きブレーンとして、ビートルズの曲を仕込んでくれたり、振り付けを手伝ったりしてくれました。残念ながら若くして事故死してしまいましたが……。ムッシュがスパイダース時代にソロアルバムを出していて、その中に彼を偲んだ『ソー・ロング・サチオ』って曲が入っていましたよ。


【ザ・スパイダース】1961年に結成され、田辺昭知、かまやつひろし、大野克夫、加藤充、井上孝之、堺正章、井上順の7人のラインナップとなる。自作自演バンドのハシリであり、GSの草分け的存在。GS界にミリタリー・ルックのファッションを定着させたのも彼らである。代表曲は『フリフリ』『夕陽が泣いている』『あの時君は若かった』など。


※週刊ポスト2019年6月28日号

NEWSポストセブン

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